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恋愛とセックスのかけ算/30歳 真琴の場合


学生時代からの地味キャラ

べっ甲フレームの眼鏡をやわらかいハンカチで拭いてかけ直す。珈琲と紅茶を淹れるための湯を沸かし続ける厨房にいると眼鏡が曇りやすい。パーマっ気のないサラッとしたおかっぱ頭を手櫛で撫でて真琴はエプロンの紐をキュっと固く結ぶ。

「まこちゃん、モーニングのお客さん3人だから厚切りトースト3つ用意して」
「石井くん、モカとキリマン、倉庫から持って来て。シティローストにして」

店長の咲世子がパキパキと厨房内を仕切る。ミダウンカフェは郊外にある人気カフェだ。

真琴は学生時代にこのカフェでバイトをしていた。就活の内定が決まらず、落ち込んでいた時に咲世子が正社員にならないかと誘ってくれたのだ。常連客とも仲良くなっていたし、何よりミダウンカフェが好きだったので、一つ返事で就職した。

それから7年。副店長として仕入れや経理も手伝うようになった。おしゃれな雑誌や情報サイトに掲載されると遠方から電車でやってくる客も増えた。咲世子から2店舗目を開くから店長をしてくれと頼まれ、やる気に燃えていた。

夜、客足が途絶えた時間帯。スタッフ皆で珈琲を飲みながら休憩をしているとバイトの石井侑斗が真琴にぶしつけな質問をしてきた。

「真琴さん、子供連れのお客さん来ると、ずっと子供のこと見てますよね。子供好きっすか。結婚しないんすか」

真琴は侑斗を睨みつけて「石井くん、そういうのセクハラって言うんだよ。クビにするぞー」

   

侑斗は慌てて立ち上がった。

「それってパワハラじゃないすか。勘弁してくださいよ。もう言いませんから」

笑い声がフロアに拡がる。

「はいはい。30にもなって恋の噂がないので、皆さん、心配してますよね。今年中には彼氏作ります宣言しますよ。私も内心あせってて」

真琴が照れ笑いしながら言う。

「まこちゃん、学生時代から外見変わってないもの。眼鏡におかっぱ頭。スッピン顔。変身してみたら?」

咲世子ができそこないのドーナツをかじりながら言う。

「それって地味ってことですかね」
「うん。地味キャラよね。ずっと。ほら、お客さんにナンパされて結婚しちゃった知恵ちゃんみたいにおしゃれしてみたらどう」
「去年バイトしてた知恵ちゃんかあ。派手でしたよね。髪の毛の色も。メイクも。スカートもおもいっきり短かったし」

侑斗が身を乗り出す。

「そうすよ。男なんて外見きれいならコロリですよ」
「またセクハラ発言!」

ミダウンカフェは、スタッフ同士仲がよく、理想の職場だった。

妹の香織とルームシェアしているアパートに戻る。タクシー会社で働いている香織は翌日が早番の日は22時には寝ている。

香織が寝ているのを見計らって、姿見鏡の前に立つ。学生時代とまったく変わらないやぼったいスタイルの自分が映る。

「いけてないよねー。非モテ少女がそのまんまおばちゃんになってる感じ。背中も丸くなってきててやばい…」

室内に干してある香織の下着をチラっと見る。真っ赤なレースのブラジャー。

「男がいると、こうなるのよね」

真琴は上半身ハダカになって香織のブラジャーをつけてみる。白い肌に真紅の赤が映える。真琴の胸はDカップ。大きい方なのに、店で動きやすいようにいつもスポーツタイプのブラジャーをつけている。

「たしかに色っぽくなるか。こういう下着だと」

ゴソっと音がして香織が起きてきた。

「おねえちゃん、何してんの?」
「あ、起こした。ごめん。新しい下着買おうかと思って、香織の試しにつけてみてた」

 

眠そうに目をこすりながら香織が言う。

「やっと彼氏作る気になったんだね。はやくしないと私のほうが先に結婚しちゃうよ」
「どうぞどうぞ。まずは下着と洋服を替えてみようかなって」
「それ大事。あと、エッチの勉強もしなくちゃだよ。おねえちゃん、経験ゼロでしょ」
「うるさいわ、寝なさい」

真琴は男とまともに付き合った経験がない。友達や香織からセックスの話を振られてもシラッとかわしていた。ネットで「ヤラミソ」という言葉を知り、「恋愛経験値の低いバージン、まじ自分?」とコンプレックスを抱いている。

店で侑斗に指摘されたとおり、子供が好きなので子供は欲しい。このままだと子供を産むどころか結婚ができないのではという不安がチラリと芽生え始めていたのは事実だ。

「ねえ、ブラとっておっぱい見せて」

香織がブラのホックをはずす。

「ちょっと、何すんの」
「ほら、きれいじゃない。薄桃色のおっぱい」

香織が真琴の乳首を指ではじく。ピクン。真琴の背中を電気が走った。

初めての疼き

「おねえちゃん、その年で経験ないと男の人にドンビキされるからさあ、感じる練習しといたほうがいいよ」
「なにそれ? どうすんの」

香織はスマホを取り出して、エッチなコミックのサイトを見せた。

「レディコミ。最初は無料で読めるから勉強して。エッチの」

真琴はコミックを見て驚いた。

「ズーン、ズッズッズ」「カクカクカク」「チュピッ、ネチャッ」リアルな交わりのシーンがいやらしい擬音で表現されている。主人公の女性の表情は苦しそうな、気持ちよさそうな、唇を少しあけてなんとも言えぬ顔。

真琴はその夜、ベッドの中でレディコミをむさぼるように読んだ。窓の外が明るくなってきても目がランランと冴え、息が速い。太ももの付け根がなんだかジンジンとほてっている。真琴は下着の上からその割れ目に指を這わせてみた。

 

「あっ」

寝る前に香織に乳首をはじかれたときとは違う電流が今度は腰のあたりを走った。膣がクイっと締まる。スマホの画面に目をやる。漫画では女性が汗を流しながら「もっと、もっと激しく」と言っている。

大きく開かれた足の間では長髪のイケメンがグイグイ腰を降っている。その状況が真琴に重なる。我慢できずにパンティの布の下に指をすべらせる。中心のくぼみがひどく湿っている。

「これが、あの液体。水飴みたい」

漫画の中の男性の顔が侑斗になる。

「ああ、石井くん。入れて…」

初めてのひとりエッチ。真琴はどうしていいかわからず、中途半端なもだえで終わってしまった。ふと我に返ると恥ずかしさがこみ上げる。

「なに、石井くん出てくるなんてバッカみたい。石井くんしかまわりに男がいないからかな」

真琴は濡れた指をティッシュで吹きながら照れ笑いした。

翌日はミダウンカフェの近くでデザインフラワーの展示会があったせいか、午後から客足が増えててんてこまいになった。フロアで珈琲を立ち飲みしながら、席があくのを待つ客もいる。侑斗がバイトの時間ギリギリに厨房に駆け込んできた。

「おつかれさまっす。すごいすね。お客の入り、半端ないっす」

真琴は夜の妄想を思い出して、目を逸らした。

「石井くん、洗い物お願い。私、フロアやるから」
「ウィッス」

息つく暇もない慌ただしさ。3時間ほど行列と満席が続いたが、夜のとばりが降りる頃やっと余裕が出てきた。ポットの水の中にレモンを落としていると、入り口の席に座っていた女性が声をかけた。

「まこちゃんじゃない?」

学生時代、同じイタリア語サークルに入っていた奈緒だった。光沢のあるピンクのワンピース。ゆるく巻いた髪の毛をサイドテールにして白いシュシュで止めている。

「奈緒? わかんなかったあ。雰囲気変わってるから。そんな格好してると別人だよう」
「だって今、主婦だもの。旦那さんがこういう格好好きなのよ。ジーンズ禁止って言われて。まこちゃんは変わらないね。眼鏡もスッピンも。若い!」

 

真琴は褒められているのかどうかよくわからなかった。

「お花の展示会行ってたの?」
「そう。ママ友が作品を出品してたから。子供は実家に預けて久々にお出かけ。彼女が片付けるのを待ってるとこ」
「子供できたんだ」
「うん。あ、まこちゃんSNSしてないでしょ。うちらみんなしてるから誰と結婚したとか、まるわかりよ。まこちゃんもやんなよ」
「あんまそういうの興味なくて」
「まこちゃんの片思いの草野くんも見かけたよ。私は話したことないからつながってないけど」

真琴は草野の名前が出てドキリとした。

地味で非モテの真琴だったが、草野は学食でよく真琴に話しかけてくれた。校舎裏の芝生の上でパンをかじっていた時、横に座ってパックのジュースをくれた日のことは鮮烈に胸にきざまれている。

「草野くん、もう結婚してるのかな」
「わかんないから、メッセージ入れてみたら。最近は便利になったのよ。恋愛開始が。でも浮気バレたり、身辺洗われたりで終わりも早いけど。フフッ」

以前は真琴と同じようなラフな格好でショートカットだった奈緒が幸せそうな妻の格好で真琴の前に現れた。7年間でここまで人生が変わるのかと気付かされた。

妹との違い

香織と一緒に使っているノートパソコンを開いた。一緒に使うと言っても真琴はほとんどスマホしか使わない。香織がたまにブログを書いているくらいだ。どんなブログを書いているのか開いてみた。

「カーリのお部屋へようこそ」

パステル調のいかにも女子的なデザイン。

「蒸しパンを使ってオリジナルケーキを作ったよ」「コンビニプリンにホイップをデコレーション」だの真琴から見るとどうでもいい安っぽい話題。それをいかにも私のかわいいライフスタイル的にまとめている。

ずっと一緒に暮らしている妹なのにどうして真琴と正反対なのかよくわからない。香織には常に彼氏がいた。高校の頃「別れちゃった」とメソメソしていたことが一度あったきりで、あとはいつものろけ話だ。

モテない姉と男が絶えない妹の違い、その理由は香織のブログに潜んでいる気がした。

真琴は、ぼーっとモテる妹のことを考えながらSNSを見る。

草野哲平、香川県出身。一瞬で懐かしい顔が画面の左端に映される。

「やだ…なんか恥ずかしい」

芝生の上で真琴に微笑んでくれた。その笑顔がよみがえる。

 

メッセージ機能を使って、ゆっくり文章を入れる。

「草野くん、お元気ですか。SNS初めて使ってみました。私は相模原のカフェで働いています…」

近況報告程度のメッセージを綴り、何も期待せず、いや何かを期待してリターンキーを人差し指でゆっくり押す。気づくと頬が熱くなっていた。店から水筒で持ち帰ったアイスティをー飲む。

香織が帰ってくるまでに簡単なおかずを作る。冷蔵庫に残っているキャベツとピーマンと豚こま肉で野菜炒め。真琴は塩コショウでシンプルに食べたいが香織はバジルソースやらハーブやら香辛料をいろいろ混ぜる。本当に何もかもが違う。

ただ、真琴は思っていた。香織みたいにふるまわないとモテナイままで結婚もできそうにないと。

香織が帰ってきた。タクシー会社の事務局勤務は時間が不規則だが若い運転手さんはイケメンが多いと嬉しそうにに話しながら着替える香織。つけている下着が目に入る。濃紺の薔薇の透かしが入っている高級そうな下着。

「職場にもそんな下着で行ってるの?」
「そうよ。いつしかけられるかわかんないじゃない。タクシーの後部席でエッチしてみたいなあ」

またも妹との違いをまざまざと見せつけられた。

野菜炒めがのった皿に、香織がスマホを向けた。

「野菜炒めにハート型に切った人参をトッピングー?これだけでゴハンタイムが楽しくなるよね」と入力し始めている。

真琴は「バッカみたい…」と心の奥でつぶやいたが、すぐに打ち消した。こういうのが男性のよくわからない心理に訴えかけるのだ。学ばなければ、妹に。

「ねえ、SNSで昔、好きだった人にメッセージ送ったよ」

香織がスマホを置いて、真琴の顔を睨む。

「うっそー、おねえちゃん、そんなことできたの」
「もう、バカにしないでよ。そろそろ彼氏作りたいのよ。30オーバー。崖っぷち」
「だよねえ」
「香織にモテの秘訣聞きたいのよ」
「まかせて。外見だけ変えてもだめだけど、おねえちゃんはまず外見にメスを入れないと」

香織はメモ用紙に、イチゴ模様のかわいらしいペンで何やら書き始めた。

 

「まこちゃんのやること

・髪型変える
・お洋服をガーリーに
・コンタクトにする
・動作をやわらかくする
・上目遣いに話す
・まばたき増やす
・エッチの勉強する
・ひとりでエッチする」

真琴は野菜炒めをつつきながらため息をつく。

「香織、まめだねえ。でもここまでしないと彼氏はできないのよね」
「そうだよ。できたとしても長続きしない。とくにエッチな女でないと、浮気されるから、未体験のおねえちゃんには、このエッチの項目、大事だよ」
「ひとりでエッチ…」

この前、レディコミを読みながら初めて試みたが不完全におわっている。

「感じやすい身体を作るの。ちょっと触られただけでアッフーンってなるような敏感ボディ」
「どうやって?」

香織が自分の部屋から大きめのチークブラシを持ってきた。

目覚め

「ゴハン終わったらお風呂入って。敏感ボディの作り方おしえてあげる」

真琴は香織には驚かされてばかりだ。小さい頃から臆病者の真琴に比べて好奇心旺盛で怖いもの知らずだった。怪我することが圧倒的に姉より多いがその分、大切な何かを学び取っていったのだろう。

風呂から上がると、さっきのメッセージの返信が気になり、確認してみた。

届いている。草野からの返信。

「驚いたー。まこちゃん、元気そうだね。カフェ行ってみたいな。再来週、土曜、行っていい?」

胸が高鳴る。こんなに簡単に憧れの彼と再会できるなんて。

「もちろん! 待ってます。場所はこちら」と手早く打ち、マップのリンクを付けた。

香織の部屋に報告に行く。香織はチークブラシを握って微笑んでいる。

真琴はロングのシャツにパンティをつけただけの格好でベッドに横たわる。シャツの上から香織がチークブラシで身体を撫でる。

 

「目を閉じて。想像して。その、今度会える彼のこと思い出すの。彼が触ってくれてるって思うこと」

耳の下から首筋をブラシがホワリと這う。

「ヒャッ!」

「くすぐったい感覚と、感じるって感覚は紙一重。エッチになるには頭ん中の日頃の思いは吹き飛ばして、エッチのことだけ考えるの」

薄暗くした部屋で妙な気分になっていた。チークブラシで身体を撫でられるなど思ってもみなかった。ブラシの先がシャツごしの乳房を這う。ふくらみの下の部分から上に向かって往復する。

「あ…ん…」
「エッチな世界にはいれた?じゃあ、ブラシ渡すからあとはひとりでやってみて。私はお風呂はいったあと、橋本くんち行くから、あとはおねえちゃん一人で…」

香織が部屋を出て行った。チークブラシを右手に持ち、続ける。シャツの布越しに撫でていたが、じれったく感じる。

真琴はシャツを脱いでベッドの下に落とす。直接、胸の膨らみ、下腹部にブラシを這わせる。感じてくる。頭のなかでは石井侑斗ではなく、草野の顔を思い浮かべる。初めての体験は草野くんとと考えていると股間がじっとり湿ってくる。

思わずパンティから片足を抜き取り、膝を立てる。左手の人差し指と中指で自分を開く。空気が開かれた部分に当たる。

「あああ、なんだかムズムズする…」

右手でにぎったブラシをその部分に当てる。長い息をフーっと吐く。ブラシを動かす。身体の中心線がパッカリ割れたような感覚。自分の中心を初めて知る。

「ああああ、すごくいい気持ち」

真琴は腰を浮かせて立てた両膝を思い切り開く。一番触って欲しい部分を見つけることができた。

「ここ、ここ…あああぁぁ」

欲している部分にチークブラシを這わせ、真琴の中心部で火薬が爆発したような快感を覚えた。

美容院で髪の毛を明るめの茶色に染める。

駅前で配っている「コンタクト激安」の店に行く。予算オーバーになったので、服はしばらく香織の花柄ガーリー系を借りることにした。

「おねえちゃんはもう30だから、あんましガーリーぶるのは痛いからさ、大人ガーリーでいきなよ。パンツスタイルはなしね。」

意味がよくわからないことをしばしば言われるが香織に従うことにした。

 

店長の咲世子が一番先に真琴の変化に気づいた。

「恋にめざめた? 誰かできたのかな」
「店長、それ、またまたセクハラですよー」

カントリーシャツとパンツスタイルにエプロンをつけて働いていた真琴が、ミモレ丈のフレアースカートをはき、トレードマークのべっ甲縁の眼鏡をはずした。もちろんマスカラの塗り方も香織に教わった。

「女ってこうも変わるのかあ。怖い怖い。この前、事件起こしてつかまった美人タレントも化粧してない時の顔見たら、眉毛なくて怪物みたいな顔だったもんな」

侑斗がブツブツつぶやく。

「でかい交差点とかでさ、女子全員の頭の上に化粧前の写真が見えたりしたら便利だよな。いや、そうなるとホラーか…」

咲世子が侑斗に諭すように言う。

「石井くん、そんな女性に騙されるのが恋の醍醐味よ」
「そうかあ。深いお言葉あざーす」

真琴は自分の変身で職場の皆が盛り上がっていることでなにか嬉しくなってきた。

再会

草野哲平が来る土曜日がやってきた。その日はいつもより短めのスカートをはき、髪の毛をキラキラ光るバレッタでまとめた。

「きっちりまとめず、少しユラリと落とすのがコツだよ。うなじにかかる髪の毛を色っぽく感じるからね、男子は」

香織に言われたとおりにしている。

店長の咲世子にはあらかじめ話してある。休憩を草野が来る時間帯にとっていいと言われた。

二時過ぎ、哲平が店にやって来た。両手をジャケットのポケットにつっこみ、少し猫背気味に真琴を探す。変わっていない。歩き方もたたずまいも。変わっているといえば髪の毛が短くなって都会の男っぽい。真琴はドキドキしながら話しかける。

「あの…久し振りだね…」

哲平が目をグッと見開いて驚く。

「え? まこちゃん? ほんとにまこちゃん?」
「うん、わたし。変わった?」
「あ、うん。きれいになったからわからなかった」
「それって、昔、ブスだったってこと?」

笑いながら真琴は切り返す。

「ま、いいや。いらっしゃいませ。ミダウンカフェへようこそ遠くから。どの珈琲にしますか」

二人はしばらく珈琲をはさんで昔話に花を咲かせる。あまりに楽しかったので勢いで言ってしまう。

「草野くん、私、学生んとき、草野くんに憧れてたんだよ。でもあの頃、私いけてなかったでしょ。おしゃれとか興味なかったし」
「いきなりそうくるかあ。びびるなあ。たしかにいつも男の子っぽい格好してたから、俺もそんな目で見たことなかったけど、今はムッチャきれいじゃん」

香織のアドバイスを反芻する。

『ここぞと言う時は女性から誘っていいんだよ。女神の前髪をつかむんだよ』

「草野くん、デートしようよ」

髪の毛に付けたバレッタが午後の日差しを受けてキラっと光り輝いた。侑斗がおかわりの珈琲を運んで来てくれて目配せした。

キスしそうな男女

店の勤務時間が終わるまで哲平は待っていてくれた。真琴がエプロンをはずして、メイクをなおして哲平の前に現れた。

「昼はあったかいけど、夜はまだ冷えるよな」

なんということもない会話をしながら街中のビルの二階にあるワインバーに入る。階段をあがるとき、哲平の広い背中に男の色を感じる。

ワインを二杯飲み終えた頃、耳たぶがジンジンしているのが自分でもわかる。

「私、自分から男の人誘うなんて初めてだわ。恋とか縁がないと思ってた。でも妹にあれこれ教えてもらって、変わったんだ。て言ってもまだ変身途中だけど」

草野は真琴の目をじっと見つめながら頷いて聞いてくれている。

「卒業してから誰とも付き合ってない?」

真琴はゆっくり頷く。

「あの、キスとかエッチとかは…」

真琴は首を横に振る。

「おかしいでしょ。この年になって、そういうの…」

草野は長めのフライドポテトをつまんで真琴の口元に差し出す。真琴は、まばたきをしながらそっと唇を開いてポテトを齧る。

「セクシーじゃないか。キスしてみる? 俺と」

 

真琴は今度は首をふらずにうつむいた。ここまでは香織の教え通り一気に攻撃できたが、その先がまさかこんなに早く来るとは考えていなかった。ステップ1はデートしてみるというところまでだ。とまどいながらグラスを握る。草野の手のひらが真琴の手を包む。

「出よう…」

ワインバーを出て少し歩くとブランコとシーソーだけしかない小さな公園があった。

何も言わず、二人はブランコに並んで座る。

草野がヒョイと横から軽くキスをする。生まれて始めてのキス。真琴の胸のドクドク音が高鳴る。ワインを飲んだ時は耳が熱くなったが今度は全身が熱くなる。

「熱い…」
「え? 寒いだろ。風冷たいし」

立ち上がった二人はギュっと抱き合い、今度は深いキスを交わす。草野の舌先が真琴にはいってきた時、頭の中が真っ白になる。

「香織、どうすればいいの? 助けて」

胸の中で香織に尋ねるがこの先は自分で判断しなければならない。

「まこちゃん、久しぶりに会ってすぐだから言いにくいけど、ホテル…行かないか」

真琴は一瞬とまどう。香織がOKマークを指で出した気がする。

「うん、いいよ」

卒業

哲平が選んだのは駅前のビジネスホテルだった。

「いきなりラブホテルって恥ずかしいだろ。最近のこういうホテルは、グレードの高い部屋にすると結構いけてんだよ。高級ホテル並みの広さだし」

哲平の言葉が何も耳に入らない。この先起こることにどう対応していいかわからない。

「シャワー先に浴びる?」
「あ、草野くん、先にどうぞ」
「学生みたいだから苗字で呼ぶのやめてくれよ」

哲平は笑いながらバスルームに入る。そのあいだに香織にLINEを入れる。

「来ちゃった。どうしよう」

速攻で返信が入る。

「知ったかぶりしないで、おどおどしてるくらいがかわいいよ。相手にまかせなよ」
「舐めるの?」
「舐めてって言われたら」

哲平が出てくる。あわててスマホをバッグに落とし入れる。

「シャワーさっぱりするよ」
「うん、じゃあ待ってて」

 

シャワーを浴びながら、秘部を自分でなぞる。チークブラシの感覚を忘れないよう、感じるよう、緊張してここが硬くならないよう…グルグルいろんなことを考える。

真琴がバスタオルを巻いた姿で部屋に戻ると哲平が公園でしたように抱きしめてキスをした。そしてバスタオルをはずした。男の人の前で初めて全裸になる瞬間。真琴は呼吸が荒くなる。

「きれいだよ、まこちゃん。緊張しないで」

広いベッドに寝かされる。哲平も下着を脱いで、真琴の上に覆いかぶさる。男のそれが真琴の太腿に当たる。ポヨっとしていたのがだんだんコリっとしてくる。そしてヌルリとしてくる。

胸の中であれこれ考える。

「哲平くんのこれ、舐めるの? どうするの?」

そうしていると哲平が乳房をおもいきり揉み上げながら吸ってきた。

「ああん」

思考回路がショートした。何も考えられない。舌先が乳房からおなかを通って、茂みに突入してくる。

「うそ、そんなところ、恥ずかしい」

思わず声を出す。

「初めてだろ。僕にまかせて。ちゃんと濡らしてあげるから」

真琴の足を立て膝にして、茂みの中にあるくぼみにそっと舌先を入れた。

「はああああん…」

チークブラシで練習しておいてよかった。しっかり感じることができる。でも恥ずかしい。まさか学生時代のあこがれの人にそんな部分を舐められるなんて…。

「まこちゃん、指入れてみるよ」

哲平がジトっと湿ったくぼみに指をしのばせる。

「んっ」
「だいじょぶだろ」

真琴の顔に自分の顔を近づけ、「緊張しないで、開いて…」と言う。真琴はうなずいて目を閉じる。男のそれが確かめるように入ってくるのがわかる。

「怖い…」
「痛くない?」
「うん、でも怖い」
「足にそんな力入れて締め付けないで、俺の腰、痛い」

哲平のほうが痛がる。真琴が笑う。瞬間、身体の筋肉の緊張が取れてゆるんだ。一気にそれが押し入れらる。

「あああぁぁぁ」
「痛くないだろ。じゅうぶん濡れてる」

 

そこからは動きを大きくし、ズンズンと突いてきた。前にスマホで読んだレディコミのワンシーンのとおりだ。「ズンズン」という音が真琴の頭の中に響き渡る。

髪の毛が全部立ってしまいそうな気分。痛いような気持ち良いような不思議な感覚。真琴のうなじを哲平がツイーっと舐めあげる。

その時、足の付根とうなじを一筋の糸で引っ張られたような快感を覚えた。哲平の肩を両手でグっと掴んで腰を浮かせる。

「まこちゃん、感じてるね」

哲平は慣れている。リードしながら真琴を極みまで連れて行ってくれた。真琴が歯を食いしばるのを見ながら、哲平の動きが秒単位で早くなる。真琴の下腹部からネチュという音が聞こえ始める。哲平が真琴の頭を抱きかかえながら果てる。

しばらく抱き合ったまま横たわっていた。草野がベッドに腰掛けて水を飲む。

「まこちゃん、気持よかったよ。俺も初めてだ。バージンとこうなるのは。痛くなかったよね」

真琴は裸の背中に抱きついた。

「やさしくしてくれてありがと。痛くなんかなかったよ。バージン卒業できてうれしい」

草野が水を口移しで飲ませてくれる。またひとつになった気がする。真琴はうっとりする。

「私、哲平くんを誘ってよかった。こんな体験、一生できないと思ってたから」
「初めてにしては感じてたんじゃない? 最初って痛かったりして気持よくないって聞いたことあるよ」

レデイコミやチークブラシで練習したことなど言えない。

「哲平くんが上手だったんだよ」
「感じてくれて嬉しいよ」
「やっぱ、感じない女はつまんない?」
「そりゃそうだよ。痛がられても嫌だしね」

香織が言うとおりだ。敏感ボディを作っておいてよかった。椅子の上に置いた、自分の下着が目に入った。黒のフリルの勝負系。ださい下着を着ていなくてよかった。

真琴はスマホをバッグから取り出して、「すべてうまくいった。サンキュ」とラインを送った。

代わり

翌週からさらに真琴のきれいさに磨きがかかった。咲世子も職場のスタッフも、この前来た男の人と付き合い始めたと喜んでいる。

真琴は香織にお礼のディナーをごちそうする約束をした。

「哲平くんとまたデートできる。やっと大人になれた」

初めてのセックスがうまく進んだことで有頂天になっていた。ただ、メールをしても返事がなかなか来ない。

「哲平くん、会社忙しいの? また会えるかな」何度か送って二日後にやっと一本届いた。

「うん、出張が重なって。悪いね、しばらく会えない」

そうこうしているとひと月が過ぎてしまった。周りの皆も心配し始めた。気になって哲平のSNSを開いてみる。愕然とした。穏やかな笑顔で写っている写真。腕には小さな男の子を抱いている。

「おねえちゃん、なにこれ? 彼、独身じゃなかったの」

固まっている真琴の背後で香織が大きな声を出した。

「そういえば、彼女いるかとか結婚してるのかって尋ねなかった…」
「おねえちゃん、ばかだねえ。一夜限りのエッチの相手にされたんじゃん」

 

真琴は胸に重しを置かれた気分だ。

「メールしなよ。結婚してたのかって確認の」

香織がピシっと真琴の肩をたたく。真琴は言われるままに文章を打つ。夜、返事が届いているのに気づく。

「子供いるって言わなくて悪かったね。3年前に結婚したんだ。でも内緒でよければ、またこの前みたいにしてもいいよ。女としての喜びを知っただろ。まこちゃんの彼氏ができるまで秘密の友だちでいよう」

真琴は一瞬、腹が立った。しかし、あの夜の怪しい空気と、ねっとりした舌先の感覚を身体が覚えている。そしてあの夜以来、真琴の秘部の中にずっと哲平のそれが存在しているような感触がある。

心地よい。気分がいい。店では元気に仕事に打ち込める。そして夜にはエッチな気持ちになれる。

真琴はあの夜以来、毎晩一人でチークブラシを使っていたのだ。哲平との行為を思い出しながら。官能の世界に浸っていた。

パックをして髪の毛にドライヤーの熱風ををあてている香織に向かって真琴は言った。

「香織、私、もうすこし哲平くんと付き合うよ。もちろん内緒でね。それでもっと敏感ボディになって、新しい彼氏見つける」

香織はドライヤーを止めて頷いた。

「それもいいね。チークブラシのかわりに哲平さんを使うってことね」

そして真琴の耳元で小声で続けた。

「私もね、橋本くんと付き合ってるけど、この前、夜勤の運転手さんとついにしちゃった。憧れのタクシー後部席でのセックス。誰かに見られてるみたいで燃えたよう! イキまくったの、橋本くんより気持ちよかった」

姉妹は顔を見合わせてニッコリした。ベランダにはレースの下着がたくさん干されて夜風に揺れていた。


END

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あらすじ

主人公・真琴は、学生時代から眼鏡におかっぱ頭でスッピン。
30歳なのに結婚できずに彼氏もいないので焦っている。

働いているカフェの人たちからも、地味だから変わった方が良いと言われ…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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