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【前編】恋愛とセックスのかけ算/38歳 千景の場合
万年離婚危機
高層階から一気にエレベーターは地上に降りて来る。重力など存在しないと勝ち誇ったような速さで。雑誌から抜け出たような、こだわりがあるスーツを着慣れている男達、メイクに手を抜いていない女達が一斉に扉から地上に散らばる。
会社のエントランスを抜けると、一面ウインターイルミネーション。シンデレラのワンシーンが綺麗なライトで形作られている。かぼちゃの馬車。ガラスの靴。そしてお姫様。
一つの絵を切り取りっているだけなのにその全ての恋物語を誰もが知っている。千景はそんなワンシーンが自分にはまだないとぼんやり考えた。
「きれいねー。このシーズンはアフター5が楽しみだわ」
「イルミネーションディナー、女同士でゴハン食べても虚しいだけよー」
女性社員達の会話が耳に入ってくる。みんなシンデレラストーリーを人知れず感じている。
パニエで膨らませたモスグリーンのスカートをはき、ローリングさせたポニーテイルを揺らしているシンデレラ予備軍の女が岡江紗矢香が千景に向かって棘のある言葉を放つ。
「千景さんは、もう旦那さんがいるから安心ですよね。二人で夜景見ながら結婚相手としてふさわしいかどうか探るようなディナーなんかする必要ないですもん」
「え?」
「家で夫婦でお鍋をするってことに私たちは憧れているんです」
紗矢香がニヤリと笑った。童話には必ず出てくる意地悪な女。
千景は10年前に良明と結婚している。千景は都心の大手化粧品メーカー勤務、良明は郊外のカーシェアリングの会社勤務。明らかに格差婚と周囲から囃し立てられた。
結婚当初は「好きなんだから関係ないでしょ」と笑ってかわしていた千景だが、良明の方が次第に心を閉ざし、「どうせ…」という言葉を連発し始めた。千景の方が家にいる時間は少ない。その分、良明が買い物をしたり食事準備をする。二人分の弁当を作る時もある。
ある日、千景が何も考えずに言った言葉が一気に二人の関係を遠ざけてしまった。
「ヨシくん、お弁当、私の分は作らなくていいよ。汐留にはおしゃれな店たくさんあるからさ、みんなとランチ巡りしたいんだ」
温厚な良明がそのときは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「お前は高給取りで、2000円の昼飯でも笑いながら食える。俺は500円の定食ケチって弁当作ることにしてる。貯金して家を買おうと思ってるから。お前には協力する気がないんだな」
千景もつい悪態をついてしまった。
「私の名義の方がローン審査通りやすいのよ。私がローン払うからランチくらいで、マジに怒んないでよ」
良明はその日から、笑わなくなった。
「私たち、万年離婚危機だわ」
千景は実家の母や友人たちに愚痴を言い始めた。
突き抜けるような青い空。日曜の朝、良明がベランダに布団を干し始めた。冷たい空気がリビングに流れ込む。
「ちょっと、寒いじゃない。外に干さなくても布団クリーナーかけてるから大丈夫よ」
「たまには太陽の光に当てなきゃダメだよ」
良明はパタパタ布団を叩きながらムスっとしている。
「UVランプで殺菌するクリーナーだからいいんだって。ちょっと、ほこり、部屋に入ってくる。閉めてってば」
剣がある言葉を一方的に投げつける。
良明は千景の言うことを聞かず、自分の布団を全部干し終わった。リビングに戻って趣味のボトルシップを作り始める。小さなパーツをテーブルいっぱいに広げて無言で取り組んでいる。
「ねえ、ヨシくん、私、今、ハーブティー飲んでるの。ボンドの匂い気になるから和室でやってくれない?」
「テーブルの方がやりやすいんだよ。腰が痛くならないし。お前こそ和室で飲めよ」
何から何まで合わないと感じていた。一つのものを見るときに千景が正面から見るとしたら良明は斜め上から見る。同じものを見ようとしない。同じ気持ちになるのを避けているのか、常に逆方向に反発する。
生活の細部にまで口を突っ込みたくなるほど腹がたつ。洗面所の使い方、洗濯物のたたみ方、食器の洗い方。
そしてお金の使い方。
いつからだろうか、お互いの趣味をけなし合うようになったのは。千景は美術館巡りが好きで、休日になると一人で出かける。
良明は「絵なんかさっぱりわからん。画家になるつもりもないのに、時間も金ももったいない」とけなす。ひどい時は「千景はお嬢様だから、高尚な趣味をお持ちですねえ。しかも大企業にお勤めでお給料も俺の倍だしなあ。俺は庶民だから漫画がお似合いだ」と言われたこともある。
そして2年前からボトルシップを作ることにはまった良明を千景は陰気な趣味だとけなす。
「いっつも小さな部品が床に落ちてる。これ、ゴミだと思って捨てたら激怒するんでしょ。片付け完璧にしなさいよ。まったく、男のくせに部屋に閉じこもって、背中丸めてチマチマ模型作りなんて…私たち、万年離婚のことばかり考えてるわね」
この言葉を言う時、いつも千景の頭の中をよぎることがある。
「子供さえいればこんなに不機嫌な関係になってないはず」
最悪な初対面

千景は来期夏向けの日焼け止めのコンセプトを考えるチームに配属された。他の部署からもメンバーが入る。初顔合わせの会議が行われる朝のことだった。
自社製品の化粧品を使ってはいるが、時に他社のラインナップも試したいと思い、ネットで購入した海外のブランドのマスカラと口紅を使っていた。まつ毛が少し重い感じがするが、たまにはいいだろうと納得していた。
口紅も今までつけたことのない色合い。パール系で光の具合によっては白っぽく見える。細身のニットのワンピースの上に白いカーディガンをはおり会議室に向かった。開始時間までまだ30分ある。ゆっくりできる。
17階のD会議室。昔から「17」という数字が好きなのでなんだかワクワクしていた。少女向けの雑誌の占いコーナーで「あなたのラッキーナンバーは17」と書いてあっただけの話だ。
なんの根拠もないが、数字を選ぶときはまず「17」を意識するようになった。駅のロッカーも、クジも、数字を選ぶ時は1か7の組み合わせ。
会議室のドアの前、コーヒーとPCを持って両手がふさがっていた。肩でドアを開けようとした時、誰かがドアの向こう側にいた。知らずにドアをぶつけた形になった。
「あ、すみません!!」
白いカーディガンの袖に熱い珈琲が飛び散った。
「うわあ、シミついちゃった。まずいっすよね」
ぶつけた相手の顔を見上げた。見知らぬ顔。スーツがよく似合っているが、大学生にも見える。
「あ、あの…」
「あ、僕はマーケティング二部から来ました鳥羽です。それより、早く水で流してください。白い服にシミが」
千景はすぐにPCをテーブルに置いて、化粧室に走った。
もみ洗いをしてから会議室に戻ると鳥羽がどこからか紙ナフキンを持ってきていた。
「これで拭いてくださいね」
そう言ってじっと千景の顔を見つめる。
「何か…ついてます?」
「いや、他社製品を使ってるみたいですけど、そのマスカラはもっと顔立ちが派手な人が使ったほうが似合いそうだなと。眠そうに見えます。それに、口紅が白すぎ。病人みたい」
「はあ?」
「失礼しました。はっきり言うタイプで、みんなからお前はアメリカ人かって言われるんです。配慮しないっていうか、ズバっと言っちゃうみたいで。気にしないでください」
千景はメイクのことを男から指摘されたことなどない。怒りが芽生えた。
「鳥羽くんでしたっけ。どう見ても後輩ね。年上の女性によくそんな意見言えるわね。信じられない」
「怒らないでください。新しいチームで仲良くしましょうよ。えっと…お名前は」
「田辺千景です。仲良くできればいいけど、難しそうね」
険しい声で千景が答えた。
汐留の貴公子
会議での鳥羽の発言はなかなか的を得たものだった。まず初期は12人のチームで役割分担をして提案書を作り込むことになった。
会議が終わり、エレベーターで自分の席がある12階に降りた。扉が開くと、鳥羽がお辞儀をして待っていた。
「ご苦労様でした。田辺先輩」
千景は驚いて言葉が出ない。
「先ほどの無礼な発言をお許しください。病人みたいなんて言ってしまって」
「なんで、ここにいるの?」
「走って降りてきました。エレベーターを追っかけて。あの、何時に帰社されます? 一緒に帰りましょう」
「はい?」
「田辺先輩の仕切り、良かったです。俄然やる気が出たのでも少しお話ししたいなと…」
「冗談言わないで、次回会議で討論しましょう。自分の席に戻って。マーケティング部は8階よ。はい、さよなら。」
鳥羽は引き下がらない。
「では18時以降、ロビーフロアで待っております」
そしてエレベータに乗り込んで去って行った。エレベータのドアが閉じた時、シンデレラを思い出す。初めて王子様に会う場面。
「いや、ない。マイペースで人の気持ちを考えない、変な若者だ」
千景は独り笑いをする。
「千景さん、どうかしたんですか?」
ドアの前で立っている千景を見て、紗矢香が話しかける。
「ねえ、マーケ部の鳥羽くんって知ってる? 何か変わり者みたいで」
「知ってますよ。超イケメンでしょ。汐留の貴公子って噂。モテ男くんです。他社の女子も狙ってますよ。千景さん、新商品の同じチームになったんですよね。いいなあ。でも安心。千景さんは奥さんだから取られる心配ないもん。既婚者は争奪戦の場に来ちゃダメですよ。」
「はいはい。そうです。私は奥さんです。紗矢香ちゃんも彼狙い?」
「私は常に10人は狙ってます。母数は多いほうがいいでしょ。」
「母数って?」
「結婚相手の候補ですよ。30までに子供を産むには逆算すると…ほら、もう結婚しないと間に合わない」
紗矢香が、ハっと気づいたように謝った。
「ごめんなさい。子供は授かりものだから、いくつになって作ってもいいんですよね」
千景が子供がいないことを思い出してか、バツの悪そうな言い訳をして、走り去った。
化粧が映えるお年頃
新しい製品のアイデアをいくつか羅列して書類にまとめた。窓の外を見るとすっかり暗くなっている。スマホを見ると良明からLINEが入っている。
「冷凍餃子定食作ったから先に食うぞ」
完全に冷戦状態ではない。生活に必要な会話を仕方なくするという夫婦関係。
「何時に帰る」「何食べる」「風呂はどっちが洗う」「出張だからゴミ出しを頼む」「冬物はどこにある」…夫婦に必要な会話はいくらでも転がっている。それを繰り返していると「会話がある夫婦」と思い込んでしまう。愛しあってなどいなくとも。
千景は、LINEを見つめてフっとため息をつく。
「なんであいつと結婚したんだっけ。たしか好きだったはず…結婚した時は子供できたら仕事セーブして、いいママになるからなんて言ってたもんなあ…」
カーディガンをはおって帰る準備をする。そでのシミがうっすら残っている。鳥羽の顔が浮かぶ。
エレベーターに乗り込むと、一人きりだった。ロケットのような速さで急降下する。
「あああー、私の結婚生活、急降下かあ。家に帰っても喧嘩ばかりだもんな」
ドアが開く。驚く。千景は今日は驚くことが多い。
「なんで、なんでここにいるの?」
鳥羽がいたずら坊やのように笑う。
「言ったじゃないですか。帰り、お待ちしてますって」
「嘘でしょ」
「けっこう待ちましたよ。ああ、寒かった。吹き抜けだから暖房効かないんすよね、エントランス階は」
「私、帰るわよ」
「はい。駅までご一緒します。汐留の」
「変な人ね、本当に汐留の貴公子なの?」
「なんすか、それ?」
「ん、うーん、なんでもない。じゃあ改札まで新製品のアイデアを話しましょう。いくつか出してみて」
二人は数分間の道のりを話しながら歩く。いつもの速さの半分の速さ。ゆっくり歩くと、周りの景色も違って見える。顔に当たる風は冷たいが、千景の気持ちは今朝飲んだ珈琲のように暖かかった。
「ねえ、コスメに詳しいのね。すぐに他社製品ってわかった?」
「当然です。僕は自社に忠誠を誓ってますから。敵を観察しまくってます。でも今朝の失礼な物言いお許しを」
興味が湧いてきた。変なヤツ、鳥羽和人。もっと話してみたい。
「ではここで」
「え? 電車乗らないの?」
「僕、JR新橋駅使ってるんです」
千景はまたも驚く。わざわざ違う駅まで一緒に歩くなんてどうかしている。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、お礼に」
「お礼に?」
鳥羽が顔をグっと千景に近づける。何を期待しているのかこのアメリカン野郎はと思う。
「明日、珈琲ご馳走する」
鳥羽がゲンコツを作って「よっしゃ」と大声を出す。
「ほんと、変な若者。最近の若者は何考えてるんだか」
「千景さん、いくつなんですか」
「女性にそれ聞く?」
「じゃあ、やめときます。年とか関係ないし」
「38歳。もうすぐ40歳!」
千景ははっきり答える。
「いいですね、40歳。化粧が映えるお年頃」
鳥羽はとことん千景の心を揺さぶる言葉を発する。悪びれた言葉、そして嬉しがらせる言葉。
漫才コンビ
新しいプロジェクトチームでの仕事は、今までになく胸が躍った。千景がリーダーを務める。心地よい疲れ、忘れかけていた高騰感。
鳥羽和人の生意気な発言、荒唐無稽なアイデアに首をかしげることもあるが、千景がはっきり「ありえない! 却下!」「ダメ! うるさい。鳥羽くん、出て行って」と切り返す掛け合いを見て、周囲もここちよいリズムを感じ取った。
「さすが千景さん、鳥羽くんのアメリカンな言動、バッサリ斬るのは千景さんしかいませんよ」
馬鹿にされようが失笑されようが、和人ははっきり主張をする。イエスとノーを思いっきり声に出す。そこが「アメリカン」と言われるようになった所以か。
千景は皆に言う。
「鳥羽くんの意見、絵空事のように見えるけど、本質ついてるとこもあるのよ」
チーム最年少の春海が茶目っ気たっぷりに言う。
「お二人のやりとり見てると、息が合ってる漫才コンビみたいで、面白いです。場がなごんで仕事しやすいっていうか…」
和人が急に直立不動の姿勢になって皆を見回す。
「でしょ。皆さん。僕と田辺さん、漫才コンビ組みます。ぼくがツッコミ。息も合うし。皆さんがピリピリした時、漫才でなごませますね。これまでの提案、パワポにまとめるの二人に任せてください。来週月曜朝までに仕上げます」
千景は和人を見て「はあ? なにそれ? 漫才コンビって? 各自でまとめて編集しよう…よ…」と周りを見回しながら言う。
皆がパチパチと拍手をし始めて、「お二人さん、よろしくお願いしまーーーーす」と盛り上げる。
完全に和人のペースでチームが動き始めている。ただ、仕事ははかどっている。面白いほど順調に。仲間割れもなく、全員が助け合っている。和人が潤滑剤の役割をしているのは目に見えている。
万年離婚予備軍
バスタブにバスソルトを溶かしてホッと一息つく。千景の一番好きな時間。シャンプーをしてふっと鏡に映った自分の身体を見つめる。
数年前までは鎖骨あたりにふくよかな肉がつき、バストまで女らしいラインを描いていた。今は鎖骨がとんがって骨格を強調し、色っぽくもなんともない。痩せたかというとそうでもない。下腹部と腰まわりにはしっかり脂肪がついている。
「あーあ。いつの間にこんな体型になっちゃんたんだろう」
夫婦仲が良かった頃、良明はやたらと千景のカラダを褒めた。
「うん、たまらんわ。おっきなおっぱい。柔らかいお尻。すべすべの肌」
そう言いながら千景の首筋から腰まで何度も上下に舌を這わせた。丁寧にキスをするので「いったい何往復するのよ」と千景が呆れるほどだった。そしていつも千景のカラダを賞賛しながら一つになった。
あの頃の思い出を千景は忘れたわけではない。ただ、二度とああいう関係に戻れないことを事実として把握していた。気持ちが離れているのに、身体を触られたり見られたりするのは御免だ。
今は良明の入った後の風呂の湯でさえ気持ちが悪く、一度抜いて入れ直したいくらいだ。露骨にそれをやると良明がもっと不機嫌になりそうなのでひかえている。
良明の髪の毛が浴槽についているのを見て、寒気がしたことがあった。その日は良明に悪態をついた。
「ちょっと、お風呂の後、髪の毛ちゃんと掃除しておいてよ。気持ち悪いじゃない」
良明は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「亭主の髪の毛が気持ち悪いだと? おまえ、何様だ。ふざけんな!」
机をドンドンと叩いて怒鳴る良明を見て恐怖心さえ覚えた。
「万年離婚予備軍ね。私たち」
聞こえないよう、小声でツンと吐き出した。
そんな最近の不仲を考えながら下腹部を塩揉みしていると和人の顔が浮かんでくる。
「彼は年上の私に興味があると言ってくれた。もし、彼とそういう関係になったら…」
千景は思い切り力を込めて脂肪を外に追い出すかのように引っ張ったり揉んだりした。
職場とは別の世界
企画会議も山場になってきていた。その日は珍しく和人が沈んでいた。言葉に覇気がない。いつものように意見も言わない。視線も定まらず、顔色が悪い。
「ねえ、鳥羽くん、具合悪いの? 元気ないね」
千景が問いかける。
「はあ…ちょいプライベートで辛いことあって」
「そうなの。ごめん、言いたくなかったら言わなくていいから。今日は残業しなくていいよ。帰って休んで」
和人は、下向き加減で頷くだけ。
「いつも明るい鳥羽くんが、そんな感じだと、拍子抜けちゃう。早く元気になってね」
憎まれ口を叩かない和人が無性にかわいらしく見えて、背中を撫でてやる。
「あの、ちょっとだけ話聞いてください」
和人が千景の目をまっすぐな視線で射抜く。
汐留のビルの地下にあるバルで、千景は和人にビールを勧めた。
「一杯おごるからさ」
「ありがとうございます」
「なんか、調子狂うんだよね…鳥羽くんがそんなだと。どした? 家のこと?」
「ええ、父親が会社の金、着服したって訴えられそうなんです。そんなことしてないって本人は言うけど、疑われてて。で、母親がショックで倒れて入院したんです。家族に犯罪者が出るなんてまっぴらだって泣きわめいて…」
千景は親身に話を聞いてやった。和人の生い立ちも、恋愛遍歴も端々に出てきた。和人との距離が一気に縮まった。
「今の辛い状況は会社の調べとお父さんの良心にかかってるから、鳥羽くんはお母さんの精神的なことのフォローに徹するのがいいよ。お父さんを信じようよ」
「そうっすよね。はじめっから終わりまで話したらスっとした。自分が何に落ち込んでたか見えてきたし。親父のこと信じてない自分に腹が立ったのかもしんない。親父の言うこと、信じます。聞いてくれてありがと」
「いえいえ、相方が落ちてると、漫才できないっしょ」
千景がまた和人の背中をポンと叩く。
「もっと叩いて」
「ええ?」
「背中、撫でてもらったり、叩いてもらうと安心する。なんでだろう…ホっとするみたいな」
「甘えん坊ね。カズトちゃんは」
千景は、手のひらをを和人の背中に当てて、やさしく上下に動かした。二人で並んで座っていると、いつもの職場とは別の世界で生きているような錯覚を覚えた。
⇒【NEXT】本当のことの一部だけを言おう。戦闘開始の言葉が交錯した。(【後編】恋愛とセックスのかけ算/38歳 千景の場合)
あらすじ
ウインターイルミネーションの季節、主人公・千景は「もう旦那さんがいるから安心ですよね。」という言葉を聞くのが辛かった。
そう、いわゆる万年離婚危機の状態だ。何から何まで合わないと感じていた。
そんな時、会社でメイクのことを指摘してきた後輩・鳥羽と出会い…