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恋愛とセックスのかけ算/37歳 みちるの場合
人一倍デキるオンナ
今日は晴太(はるた)の空手道場がない日。いつもより早めに帰宅しなければならない。
「佐伯さん、明日の会議資料について最終チェック…」
革のバッグにノートを入れて帰る準備をしていると沼部洋子が声をかけてきた。
「悪い、今日は残業できないから、あしたの朝、早く来て見る」
「そうですかあ」
長い前髪を親指と人差指でつまみながら間延びした口調で答える。洋子はいつもブラウスのボタンを2つあけ、胸の谷間を強調している。噂によると同じ課の社員4人と寝たと言う。
みちるは汚いものは見たくないとでも言うように目をそらして、薄手のショールを肩にかけた。駅に向かって小走りする。
電車の窓に映り込む自分の顔をじっと見つめる。化粧崩れはない。キリっとした眉山。自慢の眉毛はきれいな毛流れをしている。取れていると気づくたびに引き直すワインレッドの口紅。シワひとつないスーツ。
自分で思う。
「私は人一倍できる女だ。ビジネスもプライベートも完璧。洋子とは格が違う」
みちるは大学卒業後、外資系のメーカーに入社し、アメリカに2年行かされた。おかげで語学堪能になり、現在働いている海外ニュース配信の会社にスカウトされた。
母の友人に紹介された佐伯章介と結婚。結婚を決めた理由は20代最後の年に子供を産みたかったから。章介は誰も知らないようなマイナーな雑貨チェーンの課長だった。数えるほどのデートで、かわいらしい雑貨をプレゼントしてくれた。
チープではあるがなんだかホっとするような贈り物。それで結婚に至った。たったそれだけで。
一人息子の晴太は小学3年。まだうちに一人では置いておけない。計算塾と空手教室がない日、みちるはなるべく早く帰宅するようにした。
「晴太、ただいまー。おやつわかった? バナナマフィン。ママ、手作りしたんだよ」
「おかえり。うん。でも3個じゃ少ない。おなかすいた」
「待って待って。今から作る」
朝、出かける前に夕食の下準備はすべてしてある。野菜は千切りにしてラップを巻いてある。オニオンドレッシングも市販ではなく、自分でたまねぎをすりおろして作ったものだ。
牛肉は葱だれにつけこんでタッパーに入れてある。あとは焼くだけ。味噌汁の出汁も日曜につくりおきして冷凍室にキューブ状でストックしてある。
みちるがキッチンに立って10分後、すでに食卓には見栄えがいい手作りの夕食が並ぶ。
「いっただきまあす」
晴太のおいしそうに食べる顔を見ながら、みちるは微笑む。
「この子のためにがんばれる…」
その夜、遅く帰ってきた章介がみちるのベッドに潜り込んできた。夫婦の部屋にはシングルベッドを並べて置いてある。
「ちょっと、酔っ払ってるでしょ。酒臭いわ。自分のベッドで寝て」
章介は無視してみちるの背後から左の耳たぶを噛む。そのあと舌先を耳の穴に向かって這わせる。なめくじが耳に侵入した気分になる。
首をすくめる。鳥肌が立つ。みちるはガバっと起き上がり、スタンドの明かりをつける。枕元に置いてあったタオルで耳を拭く。章介はニタニタしながらねちっと言う。
「お前、何様だ。ちょっと俺より稼ぎがいいからって偉そうに」
「もう寝ましょう。明日、早朝出勤なの」
「お前みたいななクールな女はこうしてやりたくなるんだよ」
章介はタオルをみちるの口に突っ込み、シルクのパジャマを荒っぽく脱がせる。ボタンが一つ、床にはじけ飛ぶ。
「やめて!」
タオルを吐き出してみちるが叫ぶ。
「聞こえるぞ。お前が大切にしている晴太に」
愛撫も何もなく、みゆきのパンティを剥ぎ取るとすぐに突き刺してきた。
「痛いっ」
「男を小馬鹿にする女におしおきしてやる」
腰をズンズン押し付けながら章介はニタニタ笑う。格闘家のように鍛え上げた大きな身体。みちるは抵抗できず力を抜いた。しだいに湿ってくるのが悔しくてたまらない。
「ホラ、お前のここは俺がいないとだめなようだな」
ネッチャネッチャという音の合間に章介の汚い言葉がかぶさる。みちるは観念してタオルを自ら食いしばった。声を出すわけにはいかない。晴太を起こしてしまう。
高まってくる。最低の夫の責めに、感じている。
章介の動きが早くなったり、ゆっくりになったりとリズムを刻み始める。小刻みになってきた時、みちるは腰のあたりからガクガク震えてきた。
「あうううう…」
タオルを噛み締めながら、章介を憎みながら足の間で湯気が立つのを感じた。
翌日のオンナの匂い
章介とした翌日、みちるはいつも職場にいる女性社員の体つきが気になる。入社したての彼女たちはまだ女子大生気分が抜けていないので体型も幼い。動作が大雑把、時に媚を売るようなかわいい仕草をする。
30を超えている女性社員はふたつのタイプに分かれる。いい男をつかまえている彼女たちは肌ツヤもよく、動作に自信がみなぎっている。バストとヒップのバランスもよく制服の上からでも色気を感じる。
彼氏がいないと常にぼやいている彼女たちは少しだらしなく、覇気がない。身体のラインも手を抜いているのかどことなく美しくない。
そんなことをぼんやり考えていると沼部洋子が視界を横切ってコピー機に向かって歩いて行った。洋子。不倫している女…。迫力がある色香を感じる。そこはかとなく漂うのではない。セックスに寄って生かされているという確かな色香。
チラリと洋子がみちるを見て、笑った。一流の流し目だ。こちらを見ているようで焦点はさだまっていない。洋子が心の目で見ているのは情事の時の相手の顔。この目でチラ見されてしまえば男はひとたまりもない。
みちるは洋子に女としての凄みを感じた。完璧だと思っている自分を負かせてしまう女は洋子しかいない。
長い会議の後、屋上のベンチで一息ついていた。
会社ではミス一つない仕事ができる女をキープしなければならない。家では晴太にとっていい母親をキープしなければならない。ベッドでは章介の都合のいいおもちゃに徹しなければならない。妻の立場を捨てないために。
甘い桃のジュースを一口飲み込み、灰色のビル街を見渡す。ビルの中で働く人達は何を目標に頑張っているのか。豊かな暮らし、理想の子育て、いや、会社での昇進。
「佐伯さん、佐伯み・ち・る・さ・ん」
振り返ると洋子が立っている。黒のカーディガンを肩にかけて、腕組みをしている。
「お疲れ様、沼部さん。いま、デスクに戻るわ」
「ゆっくりしてくださいな。昨夜の疲れもあるでしょ」
「え?」
洋子が顔をグンっと近づけて声を細めて言う。
「佐伯さん、昨日、ご主人となさったでしょ。アレ」
桃のジュースの甘みが舌の上で苦味に変わる。
「どういうこと?」
「わかるんです。私、した翌日のオンナって。匂いで」
みちるは思わず、脇に自分の鼻を寄せた。洋子が高笑いする。
「そういう匂いじゃなくって、フェロモンって言うのかなあ。ウッフンってした感じが滲み出てるの」
みちるは言葉を返せない。洋子は続ける。
「佐伯さん、アレ好きですよね。すっごく。ご主人とするだけじゃ足りないはず。それよりご主人とのアレで本当は最後まで上がってないんじゃないかって思うんですけど」
また親指と人差指で前髪をつまみ見ながら洋子がみちるの目をじっと見る。
「上がる?」
「そっ。究極のエクスタシーを知らないはず。知る素質は充分あるのに、かわいそう」
「フロアに戻るわ」
みちるが相手にせず去ろうとすると後ろから声が投げかけられた。
「来週の土曜、夕方あけておいてください。パークホテルのラウンジで待ってますわ。み・ち・る・さ・ん」
帰りの電車の中で窓に映る自分を見つめる。いつもと違って動揺している。目線がうろたえている。そういえば口紅を塗り直すのを忘れた。はげかかった口紅。ファンデーションも目の下が取れかけてまだらになっている。冷や汗をかいたからか。
フっと横を見ると、脂ぎった顔の髪の毛が薄い男がみちるを見ていた。完璧のメイクではないみちるの顔を。ヨレっとした安っぽいスーツ。
ゾッとした。こんな気持ち悪い男にも妻がいるのだろうか。こんな男に抱かれる女がいるのだろうか。今まで考えたこともない下衆な想像をしている自分に気づく。みちるはそそくさと電車を降りた。
家に着き、キッチンに立つ。晴太は塾から戻ってきていない。朝、何も下ごしらえをしていないことに気づく。冷蔵庫の野菜室からピーマンを取り出す。ヘタを取り、種を除く。種が床にピュっと飛び散った。
「もうっ」
キッチンペーパーで拭こうとしてしゃがみこむ。瞬間、何もかもがむしょうに面倒くさくなった。料理をする事、ペーパーで床を拭く事。エプロンをはずし、ソファに投げる。
冷凍庫に3ヶ月前に買ってあった冷凍チャーハンがある。いざというときのために一つだけ買ってあった冷凍食品。
電子レンジに入れる。
晴太が帰ってきて、喜んで食べている。
「ママ、おいしい。このチャーハン、いつもと違う。お肉の味が濃くてすっごくおいしい」
その時、みちるの中でガラスの器にヒビが入ったような音がした。
夫婦関係のほころび
晴太が寝静まった頃、章介が帰って来た。めずらしく飲んでいない。
「おい、みちる、土産だ」
無造作にテーブルの上に朱色の包み紙でくるんだものを置く。開けてみると、籠に入った4羽の子うさぎ。皆、耳に小さなリボンをつけている。身を寄せ合いながら座っているぬいぐるみ。
「…かわいい」
「昔、倉庫から持って帰った雑貨でいちいち喜んでくれてたな。女ってわからんわ」
「洗面所のタオルケースの上に飾る」
「どうする、4人の子供ができたら」
「バーカ…」
久しぶりに章介と夫婦らしい会話をした。
章介がレンジのそばにあるチャーハンの袋に気づいた。
「おまえ、冷凍食品、晴太に食わしたのか」
みちるは、頷いた。
「疲れきってて。今日…」
章介の目つきが変わった。昔の章介のようにやさしいまなざし。
「疲れたら手抜きしろ。誰も咎めない」
こそばゆい感触が背筋を駆け上がった。気を張って生きている自分を今日は甘やかせたこと。それを章介が嬉しそうにに認めたこと。
翌朝、電車の窓に映るみちるの表情は、いつもの隙がない表情だった。「よし、今日も頑張るか」と気合を入れる。
そのとき、スマホにメールが入った。
「おはようございます。個人メールで失礼します。土曜、覚えておいてくださいね。疲れたみちるさんを元気にするにはぴったりの出来事が起こりますよ。Yo-ko」
沼部洋子、気になる。自分とは違う世界で生きている、隙があるオンナ。社内の評判は最悪の尻軽女。いつか負けるかもしれない女。
なぜ気になる。なぜみちるに近づいてくる。スルーした。今日は完成させなければいけないプレゼン用資料がある。洋子などかまっていられない。データの裏付けを取る作業で一日缶詰めだ。
矢のように毎日が過ぎていった。仕事も家事もフル回転。金曜の夕方、デスクでやりきった感と心地よい疲労感が入り乱れる感覚に酔いしれていた。
「今週は充実してたなあ」
タブレットでパエリアのレシピを探す。今夜は久々にエビとムール貝のパエリアを作る予定。晴太はエビが大好きだ。しっぽまで食べようとする。
「サフラン、勝って帰らなくちゃ」と思ったその時、背後から声をかけられた。
「みちるさん、ハイパー主婦ですね。この時間から帰って夕食手作りですか」
洋子だ。目を合わせないように答える。
「沼部さんだって、結婚したらこうなるって。子供はかわいいもの」
「でも、夫はかわいくないでしょ。むしろ憎らしい存在」
「え?」
つい目を見てしまった。一瞬で洋子の蛇のようなまなざしに吸い込まれた。
「一般論ですよ。子供が一番。夫はだんだん邪魔になるって」
洋子が声を細めて囁く。
「明日待ってますね。パークホテルのラウンジ」
ニヤリと笑う口元がいやらしい。
その夜はまた章介とやり合ってしまった。この前は少し分かり合えた気がしたのに。
晴太を有名な受験塾に行かせるかどうかで意見が見事にすれ違った。章介はまだ早いと言う。みちるはすぐにでも行かせたい。しまいには大声で怒鳴り合う。興奮冷めやらぬまま、寝室に行くが、章介のそばにいたくない。
「あなた、今日は晴太の部屋で寝てよ。同じ空気吸いたくないから」
あからさまに章介に向かって怒りを吐き出す。
「ほんと、きつい女だな。夫より稼ぎがいいと、そこまで強い物言いになるんだな。やれやれ」
寝室を出る間際に章介は「チッ」と舌打ちした。
その仕草にみちるはまた腹を立て、サイドテーブル置いてあった章介のタバコをドアに向かって思い切り投げつけた。タバコがケースからこぼれて床の上にバラバラっと転がる。
みちるは両手で頭をかきむしった。
誘惑と好奇心
土曜は朝から二人とも会話を交わさなかった。章介の実家から皆で遊びに来いと電話があったので、章介と晴太だけ行くことになった。
「おかあさん、今日、おじいちゃんち泊まるけど、一人で寂しくない?」
晴太がかわいらしく尋ねる。こんなことを聞いてくるのもあと2年くらいの間だろう。中学生にでもなれば母親のことなど気にしなくなる。
リビングに一人で残されてみると、章介の癪に障る言葉の数々が蘇る。その合間に洋子の流し目が差し込まれる。
「土曜16時パークホテルロビーで」という個人メールが夜中に来ていた。
「本当のエクスタシーを知らない」
そのフレーズが引っかかっている。
「何、それ? エクスタシーって…」
バカみたいと思いながらもみちるはクローゼットに向かう。黒の細身のワンピース。胸の部分がすきとおった素材で、セクシーなデザイン。一昨年会社のクリスマスパーティー用に買ったものだがそれ以来、袖をとおしていない。
ワンピースを来て、髪をアップにしてみる。ほつれ毛がうなじにかかる。いつもの口紅より赤みが強い口紅を塗る。
「何やってんの。私、どこ行くつもり…」
頭で考えていることとはうらはらに、身体が出かける支度をしてしまう。ストッキング。会社で履いている厚手のものではなく、素足がきれいに透けて見える高品質のもの。ガードル。補正用ではなく、黒のお出かけ用。
鏡の中で違うみちるが支度をしている。
バッグはモスグリーン。それに合わせてグリーンの石がついているイヤリングを耳につける。鏡の中で、イヤリングをつけるみちるは、洋子と同じように流し目をしている。
スクっと立って、ブラジャーの位置を確かめる。両手でバストを持ち上げ、胸の谷間を作る。もう一度、鏡に向かって笑う。
みちるはぞっとした。まるで洋子がほほえんでいるかのように見えた。
タワーホテルのエレベータを降りると、カウンター越しにきれいな青空が広がる。そろそろ夕刻だと告げるようなピークを過ぎた夕陽。まぶしいようなまぶしくないようなやさしい光。開放的な自分が目を覚ます。
もう少しで眼下に拡がるビル群にきらめく灯りがともり、夜空との美しいコントラストを描く。夜を待つ期待感をこれほど激しく持ったのは久しぶりだった。
ラウンジをぐるりと見回す。白いスーツに身を包んだ洋子が立って小さく手を振る。長めのタイトスカートも真っ白だ。
「白蛇…」
みちるはゾクっと寒気がした。
「絶対来ると思ってた」
いつものまなざしで、洋子がささやく。洋子がベリーニをオーダーする。
「はい。どうぞ。桃のお酒。甘い桃、好きでしょ」
みちるは、ベリーニを一口飲む。なんとも言えぬ甘い桃の香りが舌先をしびれさせる。
「おいしい」
「黒のワンピースお似合いよ。飲み終えたら、ここにいらして。み・ち・るさん…」
部屋のキーをそっとテーブルに置き、洋子が席を離れる。
後ろ姿を目で追う。腰を左右に振り、誘うような歩き方。前のテーブルでタブレットを見ていた男性客が視線を洋子の腰に移した。
みちるの心臓がドクっと波打った。
ベリーニを飲み干し、もう一杯おかわりをする。頬が熱くなってくる。大きな窓ごしに見えるビル群にポツポツ灯りがともりはじめる。トワイライト。仕事中は窓の外を見る余裕などない。
「きれいに見える。東京が」
みちるはモスグリーンのバッグをギュっ持って立ち上がる。前の席の男が今度はみちるをチラリと見る。イヤリングが揺れる。
みちるは普段なら絶対しない行動を取る。
男に向かって微笑んだ。男はあわててタブレットに視線を落とした。みちるはゆっくりと歩き始めた。
3065のルームプレートの前に立ち、ベルを押す。しばらくするとドアが開く。遮光カーテンで光をさえぎっているせいか、うす暗い。
洋子がシースルーのスリップをつけ、みちるを手招きする。部屋のソファにはバスローブ姿の中年男が二人座っている。みちるは、じっくりと男たちの顔を見てぎょっとした。
予想外の情事
みちるは、心臓が胸の谷間を割って飛び出すかと思った。何が起こっているのかわからない。バスローブを羽織ってゆったりとソファに座っている男の一人はどう見ても会社の役員、林田だ。
髪に白いものが交じる60代の恰幅のいい男。
「は、林田さん…」
「今日は、塚田という名前で呼んでくれないかな。君の名前は何にする?」
みちるは、ぼうっと立ったまま動けない。
洋子が口をはさむ。
「マリコさんにしましょうよ。この場では。私はアヤカよ」
その時、もう一人の男が言った。
「僕は、田宮です。楽しみましょう」
沖縄の男のよう彫りが深い顔立ちをしている。座っているのでよくわからないが、おそらく相当背が高い。髪の毛がふさふさしていて、50代にも見える。
洋子が、みちるに近づいて背後に回りこむ。あっという間に背中のファスナーを下ろす。
みちるは、これから何が繰り広げられるのか想像もできない。想像していたことは普通の…何が普通か定義はできないが、普通の二人きりの情事だった。夫ではない人との情事。
「身体、洗ってもらって。塚田さんに」
「え?」
塚田がバスルームにみちるを導く。ゆっくりとみちるは従う。
「マリコさん、さあ、脱いで。きれいにしてあげるから」
信じられない光景だった。自分の会社の役員が自分の下着を脱がせている。ここまで来てしまった以上、抗うことはできない。
みちるは腹を決める。すべて脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。塚田が手のひらにボディソープをたっぷりと塗りつけ、みちるの肩から腕を一撫でする。
観念した。塚田もローブを脱ぎ捨てた。みちるは目をつぶった。塚田の手のひらがみちるの身体の表面を洗う、いや、撫でる。臍の周りを円を描くように。尻の肉を持ち上げるように。そしてシャワーで泡を流すと、盛り上がった乳房に頬を押し付ける。固くなった乳首に赤子のように吸い付く。
「ああっ」
みちるは、熱いシャワーの心地よさと、夫以外の男、しかもステイタスの高い男に乳房をあずけることで妙な気分になっている。執拗に乳首を責められる。舌の裏で舐められたり、軽く噛まれたり。章介のセックスは荒っぽい。こんなに長時間ていねいに舐められたことなど一度もない。
胸から下腹部に向かって塚田の唇が滑り落ちる。
「あん…」
シャワーの音が喘ぎ声にかぶさる。いきなり、塚田は床に座り込み、みちるの太ももの間に口を押し付けた。恥ずかしい部分に塚田の舌先が入り込む。
「やめてください。恥ずかしい」
みちるは目をあけて足を閉じようとした。塚田の両手がみちるの足を開かせる。
「立ったままの女のここを舐めるのが好きなんだよ。熱い汁が上から滴り落ちてくるのがわかる」
塚田はクンクンと音をたててみちるの股間の香りを嗅ぐ。
「塚田さん、もう勘弁して下さい」
腹をくくったとは言え、自分の膝下に男が膝まずき、鼻を秘部に押しあてている現実が気恥ずかしい。
「恥ずかしいかい?」
「ええ」
「見られるのが? 匂いをかがれるのが?」
「…どちらも」
「ヒヒヒ」
塚田が中年男独特の下卑た笑い声をたてる。足を開いて立ったまま、みちるは目を閉じる。塚田が中指をそこに忍ばせてくる。
「いいねえ、シューって吸い込まれそうだ」
塚田の指が奥まで侵入し、迷子になった子供が誰かを探すようにあちらこちらを移動する。
「はあん…」
思わず息が漏れる。ベッドで横になったままでの愛撫は経験があるが、立ったまま下から指を突き刺されるのは初めての感覚。思わず腰を下に落とした。
「ヒッヒッヒ。気持ちよくなってきたんだね」
塚田がいやらしい言葉を連発する。
「立ったまましたことあるかい? マリコさん」
みちるは首を横に振る。塚田はみちるの背中をバスルームの壁に押し付け、みちるの左足を少し持ち上げた。
「何するんですか」
塚田はみちるの腰を両手で壁に固定させ、屹立したものをそこに押し込もうとした。
「立ったままなんていやです」
「黙って、言うことききなさい」
みちるは、身体をよじらせて逃げようとした。すると塚田の肩越しにキャミソール姿の洋子の顔が見えた。
「マリコ、だめじゃない。逃げちゃ」
洋子はみちるの肩を壁に押し付けて固定した。そしてみちるの足をクイっと上に持ち上げて入りやすい角度を作った。塚田が一気に侵入する。
「あうううっ」
異様な雰囲気のバスルーム。立ったままの姿勢で洋子に補助されながらみちるは弄ばれる。洋子がみちるの片方の乳首に吸い付いた。洋子もまたわざと音をたてる。チュウチュウ…。腰から下は塚田に遊ばれ、胸は洋子に遊ばれる。
塚田は下から上にズンズン突いてくる。みちるは身体中の力が抜け、腕をダラリと下に垂らしたまま上を向く。
「噛んで…もっと噛んで」
思わず洋子に嘆願する。
「ヒッヒッヒ」
塚田が腰を動かしながら笑う。
「目覚めたのね。マリコ」
洋子がいつもの蛇の目をしながら、洋子の頬をペロリと舐めた。
エクスタシー
塚田が大きな身体をみちるから離した。みちるは壁にもたれかかったまま恍惚の顔つきをしている。部屋の方で田宮が呼んでいる。
「おおい、そろそろこっち来てください、皆さん。準備できましたよ」
みちるは大きなバスタオルで身体の水滴を拭く。特に股間をていねいに拭く。水滴ではない液体が流れ出ている。
バスルームから部屋に戻るとひりつくような喉の渇きを覚えた。家にいても風呂あがりはいつも頬がほてっているが、この時は頬よりも骨盤の中が煮えたぎっているようだった。
バスローブを着たままの田宮が少しふくらんだ形のフルートグラスをみつるに手渡す。
「どうぞ、マリコさん」
濃い眉毛の下でぱっちりした二重まぶたの目が笑う。キャミソール姿の洋子が奥のベッドルームを見てはしゃぐ。
「あら、ちゃんと準備できてる」
「え?」
みちるがそちらに目をやる。薄暗いベッドルーム。キングサイズのベッドの上に手錠がふたつと革製の拘束具が置かれている。
「なに?」
「言ったでしょ。本当のエクスタシーを知らないんじゃないって。私達がおしえてあげるの。さっきの続きをしましょう、マリコ」
みちるは、後戻りできないとわかっている。すでに塚田を受け入れているのだ。立ったままの姿で。
田宮がみちるをベッドの方に連れて行き、中央に寝かせる。巻いていたバスタオルを取る。全裸のみちるは目をつぶる。みちるの首に太いベルトを巻く。
「私は、マリコ…」
みちるはまたも觀念する。太ももと足首に幅20センチほどのベルトを巻く。それらのベルトを金具で止めてゆくと、みちるは、膝を曲げて出産するときのようなスタイルになった。秘部は力いっぱい開かれて奥まで覗かれそうだ。あられもない姿。
「いや…こんな格好」
「さっき、私に噛んでっておねだりしてたじゃない。やっぱりねって思ったわ。マリコはこうしないとお空まで上れないのよ」
洋子はそう言って、ベッドの横からみちるにキスをした。蛇のような舌がみちるの口の中に入る。押したり引いたりが繰り返される。唾液を入れられる。みちるは知らぬ間にうっとりしてくる。口の中をかき乱されることもまた初めてだった。
長いキスの間、バスルームで中途半端に興奮させられた股間がまた活発に動きはじめる。欲しがってきている。波打つのが自分でわかる。トクントクン。ひとつトクンというたびに何ミリリットルかの熱いものが滲み出ている。
大きく開かれた両足の前には塚田と田宮が座っている。見られている。感じている身体を。欲しがっているその部分を。
洋子が唇をみちるの乳首に移動させ、先の方を軽く吸う。
「うううっ、か、感じる」
思わず膝を閉じようとすると、カセが足に食い込んで痛い。
「アヤカさん、そろそろ触っていいかな」
田宮がバスローブを脱ぎ捨て、みちるの足の指を舐め始める。足の指からふくらはぎ、膝。M字がたに開かれた足をペチャペチャ音をたてて舐めている。
「はああんん」
みちるの人前に披露された中心部がピクリと音を立てる。
「花が咲いたようだ。甘い蜜を出して、ぼくらを誘ってる」
田宮が指で花びらのまわりをつまむ。
「ああ、もうだめ。じらさないで。はやく」
「はやく、なんだい?」
「…ください」
「もっと懇願しなくちゃだめだ」
「ください。おねがい」
洋子が強く乳房を揉み上げる。乳首をつねる。
「痛い…」
「快感でしょ。マリコはこれが好きなのよ」
「私はマリコ…」
田宮が自分の棒状にいきり立ったものを握り、開かれた中心部に近づける。ピチョピチョと音がする。
「じらしちゃいや…」
「欲しいか」
みちるは頷く。一気に一突き、中心部に火がつく。
「きゃあああああああ」
感じたことのない震えがみちるの首筋を、背筋を駆け抜ける。骨盤が宙に浮く。重力がなくなってしまったのではないかと感じる。唇にまた洋子の蛇の舌先が戻ってくる。みちるの口の中をゴロゴロ旋回して暴れまわる。頬がふくらむ。唾液が喉に流れ込む。みちるの中の宇宙で田宮の分身が浮遊している。
「いい、いい、なに、なにこれ…」
何時間経ったのだろう。数分だったのかもしれない。得も言えぬ快感がみちるを宙に浮かせてくれた。ベッドの上で、我にかえったとき、シーツがベトベトに湿っているのがわかった。拘束具ははずされている。
「よっぽど感じたのね」
いつもの流し目で洋子が笑っている。細長いタバコを加えている。
「気持ちよさそうな声出してたね、マリコさん。いい声だ」
塚田が乳房を一舐めする。するとまたみちるの内部が波打ち始めた。
不完全なオンナ
塚田の顔を見る。会社の立ち上げ期に人がやらないような斬新な企画を立ち上げ、一気に勝ち抜いたと噂されている。部下の面倒見がよく、社員の信頼も厚い。
何度かロビーですれ違うときにお辞儀をしたことがある。その立派な役員が目の前にいる。ふしだらな関係を持ってしまった。混乱しているみちるに塚田が話しかける。
「マリコさん、今は普通に生きている世界のことを思い出してはいけないよ。ヒッヒッヒ」
「そうね、塚田さん、エッチなおじさまね」
みちるは、塚田の首に抱きつき、股間を撫でた。みるみる硬くなる。
「立ったままもよかったけど、ここでもしたいわ」
違う自分が塚田に話しかけている。マリコが。
塚田は、みちるを四つ這いにさせた。
「さっき、M字で愉しんだだろう。次はこっち側」
猫のようにつき出したみちるのヒップをガバっと開き、後ろから侵入してきた。みちるは背中をのけぞらせる。さっきあれほどむさぼったのに、また欲しくなっている自分が怖い。
突かれるたびに高い声をあげる。家ではとても出せないようなふしだらな声。章介には聞かせたことがない、吐く息と交じり合った悶え声。
洋子がまたベッドにあがり、ちょっかいを出してくる。みちるの耳たぶを舌ではじく。後ろからは腰骨が砕けそうなほど激しく打ち付けられる。耳たぶがゾクっと感じる。
また始まる。身体中に性のツボがあることがはっきりわかる。みちるはマリコになりきって、長い長い叫び声をあげて果てた。
異世界の遊びが終了し、男たちは紳士に戻って部屋を出る。洋子と二人で部屋に残る。
「わかってたのよ。マリコが私と同人種って」
「どういう意味?」
「エッチなカラダってこと。頭がカラダについてってないだけで」
「セックスが好きってこと」
「そんな簡単な言葉にしちゃうわけ? フフフ」
洋子が初めて人間らしいほほえみを見せた。
「完璧を装う。仕事も家庭も完璧でないとだめな人でしょ、マリコは。メイクもスーツも手抜きしない。昇進確実。けど、腹の底にたまった不満を吐き出す場所が旦那さんしかないんじゃない」
みちるは、自分の完璧さに酔いしれていた。だから章介にあたる。章介のなさけなさが我慢できない。
「結婚してないあなたに言われるなんて…」
「私、結婚経験ありよ。でもエッチが好きすぎて亭主じゃ物足りなくなって別れたの。自覚しているだけマリコより偉いわ」
みちるは、テーブルの上に残っていたワインを一口含んだ。
「ありがと。えっと…アヤカだったかしら。沼部洋子とは友達に慣れそうもないけど、アヤカなら仲良くなれそうね」
電動カーテンをサーっと開いた。都会の夜空は真っ暗ではない。少しだけ明るい。いろいろな光に下から照らされて。
日曜の夜、章介が実家からのお土産をたくさんかかえて戻ってきた。晴太は疲れきって早々に寝てしまった。
「ねえ、あなた、私の事、いけすかない女って思ってるでしょ」
みちるは土産の袋を整理しながら問いかける。
「しゃあないじゃないか。お前のほうが稼いでるし、上の立場なのはわかってる」
「じゃあ、どうしたい? 離婚? 離婚したら晴太のお受験は不利よね」
章介はまじめな顔で答える。
「別れる気なんかないさ、完璧な妻に感謝してる。完璧になろうとしていきがってるお前はかわいい。だからたまにいたぶりたくなる」
みちるは、自分がどう思われているか初めてわかった。
「少しなまけていい? これから」
「もちろんだ、手抜きしろ。もっと。晴太だって息苦しいぞ、お前がハイパーママだと」
みちるはクスっと笑う。
「そうだね、冷凍食品のほうがおいしいとか言われちゃって、なさけなかった…」
章介がみちるの肩を後ろから抱く。
「強がらず、かわいげのあるとこ見せろよ。この前みたいに。またウサギの人形持って帰ってやるから」
うなずきながら、みちるは章介のルームウェアの中に手を滑り入れる。意外な仕草に章介が困惑する。
「おい、ここでか?」
「どこでしてもいいでしょ」
みちるはスカートをはいたままパンティだけ脱ぎ、ソファに座っている章介の上に足を開いて座り込む。
「おい…おい…」
章介の頬を両手で抑え、分厚い唇を自分の舌で割る。それから先、みちるはマリコになりきり、蛇のように両腕を章介にからめ、まとわりつきながら長い長いキスをした。
章介は恍惚の表情になり、されるがままにしている。後ろで洋子が腕を組んでニタリと笑っているような気配がした。
END
あらすじ
主人公・みちるは大学卒業後、外資系のメーカーに入社。一人息子の小学3年・晴太がいる。
この子のためにがんばれると、毎日仕事を頑張っている。
ある日、車内不倫を繰り返していると噂の後輩・洋子から、色気を上げるためにパークホテルのラウンジに来てくださいと言われ…