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【後編】恋愛とセックスのかけ算/30歳 直哉の場合
転落していく人生
沙羅は、札幌の自分の会社から事情を聞いていた。すぐに札幌に戻るよう言われたと。どんなトラブルに巻き込まれたのかよくわかっていなかった。
「あのう、直哉さん、私、帰りたくないです。困っている直哉さんを一人にして帰りたくないです」
「沙羅、気持ちは嬉しいけど、財務処理とか借金の取り立てへの対応とかこれからいろいろあるから、ここにいちゃいけない」
沙羅は今に泣き出しそうだった。
「はじめての東京でのイベント、成功させてかったのに…」
直哉は沙羅を抱きしめる心の余裕がなかった。普通ならなぐさめて、ホテルでも連れ込むのだが、パニック直前の心境で、沙羅の心配まではできない。
「沙羅、俺、金借りに走らなきゃなんないから、もう行くよ。元気でな」
背を向けて走り去った。
「やだーーー」
リスみたいなかわいらしい女の子が泣き叫ぼうと、直哉はそれどころではなかった。
半月ほどは、生きた心地がしなかった。事務所スペースを解約し、未払いの下請け業者に借りた金で支払いをし、取引先に土下座をし…。自分が夜逃げをしたかった。
結局ノリアキが付き合っていた連中はみんな知らんぷりをした。
もう一つの会社の社長も
「彼は、手癖悪いから3ヶ月で役員は辞めて貰ってますよ」
と突き放した。人望がない上司。気づかなかった自分に腹が立つ。
自分のマンションも引き払い、家賃3万の古いアパートに居を移した。当面、給料がない、貯金もない。窮地に立って気付いた。
仲間がいない…。仕事をノリアキと二人で仕切ってきた。あとのスタッフは下請け業者やアルバイトたち。その場限りの仲間だった。
派手な仕事なので、その場は盛り上がり、連帯意識が生まれたが、イベントやライブがはねると散らばってゆく。
腹の底を割って語り合う友達というのを作ってこなかった。
女にもてすぎて、仲間をつくる時間がなかった。その時は楽しい、寂しくない、華やかな人生。直哉ははじめて「寂しい」と感じた。
6畳のアパート。擦り切れた畳の上に膝まずき、この世の終わりのように男泣きをした。
ベタな名前のスナック
生きるための仕事を始めたはずだった。俗に言う「食べてゆくため」。この10年は何だった?
観客に喜んでもらうための地味な裏方も楽しかった。でかいイベントをキャパいっぱいにすることで達成感もあった。あれは虚ろな夢の出来事だったのか。
自分に問いかける状況がいきなり出現したのだ。
昼は倉庫で荷物を仕分けする、夜は工事の日雇い。
稼ぎがいいと言えばホストクラブなのはわかっていたが、自分の顔立ちだけで、客から金を取ると、今よりもっとよくないことが起こるような気がしてならない。
寝れば金をくれる年上女もいるが、それをすると、自分がノリアキになってしまう。調子こいてた自分への罰掃除。これ以上の罰はくらいたくない。
直哉は絶望という言葉を生まれて初めて意識した。ネットや求人情報誌を眺めていると、仕事の仕組みがわかってくる。
面接に行くのに、交通費やペットボトルのドリンクが出るというだけで嬉しく感じる。
派手な世界に身を置いていると、いつでもキンキンに冷えた酒が飲め、カラオケでは無駄に豪華なVIPルームで遊べる。アーティストやモデルと仲良くなって泡酒を経費で飲む。
ペットボトルのドリンクを支給されることがこんなにラッキーと感じるのが普通の感覚なのだと思った。
生き方に疑問を感じて熟睡できない。目覚めると前の生活が戻っていればいいと何度も思った。
直哉はアパートの敷地に咲く花に水をやり、倉庫の裏で飼っている犬をかわいがるようになった。
ある日、思い立って髪の毛をクイックカットで短髪にした。鏡の中には別の男が映っていた。
夜のバイトが23時から始まる水曜日、なんとなく早めに現場がある駅に着いた。以前の仕事ならまったく用事がない千葉の近くの見知らぬ駅だ。
昔ながらの小さな商店街があり、一本裏手に飲み屋街らしい細い路地を見つけた。
中年のおやっさんたちが集う、昭和っぽい店が数件軒を並べている。
“スナックリバー”という看板が目に入る。
「ベタな名前だな」
店の前で立ち止まる。
「ソフトドリンクのみOKよ。ゲコさんもいらしてね」
マジックで張り紙がしてある。おもしろそうな店だ。
バイト前だからどうせ飲めないし、入ってみるかと、直哉は古びた赤いドアを押す。
演歌が流れていた。宇多田のおかあさんの歌だ。♪バカだなバカだな。だまされちゃって♪
母親と姉貴に教えてもらったのを覚えている。宇多田のママはすごい有名な演歌歌手だったと。カウンター10席のみの店。客は誰もいない。
「あのう、ウーロン茶かジンジャーエールありますか」
「はい。どうぞ。おかけください」
今まで見たことがないような、はかなげな女がおしぼりを差し出した。
出典:「新宿の女」藤圭子
初めての感触。女を見て固まる。なんだ、この気持。未唯、セリナ、里穂、麻里子…。直哉はプルルっと頭を振る。違う。別世界の女だ。
「初めてのお客様ですよね」
リンっと鈴が鳴ったかと思った。耳に心地よく流れ込む声。カウンターごしに上半身しか見えないがバランスのよいきれいな人型を思わせる。
「…あ。あのう、張り紙にソフトドリンクでもいいって書いてあったんで、やっぱウーロン茶じゃなくてコーラに…」
「はい。ただいま。お酒、弱いんですね」
「いや、このあと、仕事なんす。この先の道路工事の」
見栄も何もない。さらけ出したかった。「六本木のイベント会社のプランナーだ」と嘘をついても得になることは何もないと今の直哉はわかっている。
「徹夜なんですね。たいへんそう。あ、今日、ママはあとから来ます。ママが来たら手料理メニューがありますから、食べてってください」
「君はバイトさん?」
女が曲げた人さし指を唇にあててクスッと笑う。
「わたしはチーママって言われてます。ママと二人でお店仕切ってるんです。千宵子です。チヨコって昔っぽい名前だからお客さんにはチョコちゃんって呼んでって言ってます」
直哉は、久しぶりに頬をゆるませて笑った。
「チョコちゃん…」
厚めの硝子でできたコップの氷が2個だけ浮かんだコーラ。
チョコちゃんに手渡されたコーラを口に含むと、憑き物が落ちたように身体が軽くなった。
「…うまい。コーラってこんなうまかったかなあ」
真夏の野外フェスで何十杯も飲んでいたはずだ。あの時はドリンクの味などまったく気にも止めなかった。
乾きをいやせばいいだけの液体。なんだったんだ、あの頃の自分は。
直哉はチョコちゃんのほうを見た。すべてを許すというような眼でチョコちゃんは直哉の顔を、いや全身を見つめていた。
初デートに誘うまで…
カウンターをはさんで千宵子と直哉が見つめ合う。二人とも言葉を発しない数分間が永遠のように感じる。
ドアが開き、中年のコロッと太った女性が入ってくる。大きくカールした髪の毛。ピンクの口紅。あきらかにこの店のボス。
「お客さん? いらっしゃーい。あら、新しい顔だね」
沈黙の世界が終わる。
「あ、ママ、よかった。こちらのお客さんに何か一品作ってあげてくださいよ。これから力仕事なんですって」
そうしているうちに、客がどんどんはいってきてカウンターは満席になる。
「あの…また来週来ます。現場が終わるまではここでなんか食ってから行きます」
チョコちゃんに言ったつもりだったが、ママが菜箸をバトンのように回しながら笑った。
「いつでも来てねー。焼きうどんとかタラコ握り飯も作るからさあ。にいさん、イケメンだねえ。この店始まって以来の上客だ」
馴染みの親父がちゃかす。
「俺なんか八年も毎晩かよってて、こんな褒められたことないよなあ。くやしいなあ」
千宵子が伏目がちに言葉をかける。
「いってらっしゃい…」
胸の奥が疼くとはこういうことだ、直哉はどんな顔をしてその言葉に答えていいかわからなかった。
数々の女を蹴散らしてきた直哉はどっかに消えていってしまった。
毎週かよった、スナックリバー。早めに店にはいって、千宵子と二人きりの時間を過ごす。
カウンターは二人を隔てていたけれど、コーラの味は極上で、千宵子のほほえみは女神だった。
言葉少ない千宵子。何を考えているのかわからない。はぐらかされる。どんな毎日を重ねてきたら、こんなきれいなたたずまいになるのか。
直哉の頭の中は千宵子で埋め尽くされ、絶望していた気持ちがクイっと上を向き始めた。
「今度の給料日、メシでも行かない? チョコちゃん…」
会ったその日に抱いた女は数多い。千宵子をデートに誘うのに四ヶ月半かかっていた。
倉庫で太腿とふくらはぎがパンパンに張るほど働いて稼いだ給料。道路工事で夜明けまでほこりまみれになって稼いだバイト代。借金を少し返し、滞納家賃を払えば1万円しか残らない。
夢中で働いていたので、身体もガタがきている。以前ならサウナにはいり、フルコースのマッサージでリカバリーしていたのに。
1万円を握りしめ、千宵子との待ち合わせ場所に着く。千宵子が指定した谷中の駅前。
千宵子がベージュの落ち着いたワンピースを身にまとって立っている。スッと背筋を伸ばして。直哉を見つけるとボブに切りそろえた髪の毛がサラっと揺れる。
カウンターに遮られない距離に千宵子がいる。ときめく。
「よく似合う、その服」
「お店じゃないとこで会うと、なんか恥ずかしい」
「ママには言ったの?」
「ううん、言ってない。お客さんとどうのこうのなるの、ママは嫌がるから」
「谷中が好き?」
「そう。昔の町並みが、落ち着く。小さい頃から住んでて、親が離婚してから千葉に一人暮らし」
千宵子の過去は知りたかったが、寂しそうに語る姿を見て、直哉は話題を変えた。自分だって過去のことを誰にも話したくない。
千宵子が連れて行ってくれたのは古びたもんじゃ焼きの店だった。小さなコテでイカやタコのもんじゃをつつく。ビールがすすみそうだが、千宵子が水でいいと言うので水を飲みながら。
新鮮だった。千宵子と一緒にいることが。酒も飲まずに水でデートをしているということが。
「このお店、中学のとき家族で来て、すごくおいしくて、楽しくて…しあわせで…」
千宵子の目が遠くを見つめる。
「チョコちゃん、もういいじゃない。昔は昔。今、おいしいじゃん。楽しいだろ。今と未来が楽しかったら幸せーーーってやつだ」
直哉は臭いセリフだと一瞬思った。こんな臭い言葉、女に言ったことはない。でも本心だった。
「直哉さん、今夜、ずっと一緒にいてくださいって言ったら…どうしますか」
いきなり、来た。千宵子は女神なのか、小悪魔なのか。
直哉は、コップの水を一気に飲み干した。鉄板の上で、餅が溶けている。
女神との一夜
宿代などあるわけがないと知ってのことか、千宵子は電車に20分ほど乗って、自分のアパートがある駅で降りた。直哉はドキドキしながら後ろをついて行く。
「林田ハウス」という8部屋ほどある小ぶりのアパート。2階に続く外階段を上る。コンコンという靴音が漆黒の夜空に響く。
千宵子の部屋は見事に何もない部屋だった。必要最小限の品しかない。
ヒュっと未唯のゴテゴテした部屋が蘇る。少女趣味のインテリア。チューリップ柄のラグ。ヒョウ柄の服が壁にたくさんかかっている。
ラグの上に放り出されたピンクのパンティ…。
「お茶入れます」
「あ、ありがと。コンビニでペット買ってくればよかったな」
「そんな贅沢なこと言っちゃだめですよ。すごくがんばって働いて、やっともらったお金。大切に使わないと」
千宵子が無地の急須を持ってほほえむ。
「そうだな。チョコちゃん、僕がお金に困ってること、もうわかってるよな。ちょっと話していいかな」
直哉は、この1年半のことを噛みしめるように千宵子に告げた。熱いほうじ茶の香りが気分を落ち着けてくれる。
千宵子は泣いている。何も言わずに、涙を拭わずに。
直哉の不幸な出来事を洗い流すような涙。直哉は思わず千宵子を抱きしめる。
頬を濡らす涙に口付ける。歯止めが効かない。唇を重ねる。
千宵子の腕が直哉の背中に回される。そのまま、固い畳の上に横になる。
「チョコちゃん、ごめん。こんなことしていいのかわかんないけど…」
千宵子がうなずく。
「続けて。直哉さん。強く抱いていて欲しい」
千宵子が目を閉じる。ワンピースのジッパーを下ろす。下着姿で横たわる千宵子はまさに女神だった。
こんもりと盛り上がったかわいらしい胸にブラジャー越しに口付ける。
千宵子が急に立ち上がって電気を消す。薄暗い部屋で、千宵子が下着を脱ぎ捨てる。直哉は頭がどうにかなりそうだった。セックスをこんなに神聖に感じたことがあるだろうか。どうすればいい?
手順を忘れた。直哉は混乱した。
千宵子は直哉の服を全部脱がせ、肩にキスをする。肩、腕、肘、千宵子の唇が階段を降りるように移動する。
それだけで直哉の全身は噴火しそうに煮えたぎった。股間はすでにキンキンに固まっている。

久しぶりのこういう状況。初めて、大事にしたいと思える女神を見つけた。
もしかするとこういうことをしたとたん、千宵子は煙のように消えてしまうのではないか。千宵子は今までの女とは違う。
俺の見てくれでなく、丸ごと大事に思ってくれている。反省やら期待やらが錯綜した。
セックスの前にこんな問答をするなど、直哉どうにかなっちまったんじゃないのか、冷静に自分の問う。
すると、千宵子の身体の中がボっとふくらんで、直哉の指を押し出そうとする。千宵子はフーっと息を吐きながら、意識を集中している。
目が慣れてきて、千宵子の顔がぼんやり見える。口を少しだけ開いて、うっとりしている。
「乗っかっていいか? チョコちゃん」
千宵子が横に首を振る。
「いや」
「なんで? 指でイキたい?」
「ううん。こんなやさしい指があるんだって、うれしいの」
「そうか。でも、俺は…その…」
察したのか千宵子は、直哉の上に腰掛けるように膝まづく。直哉の下腹部をまたぐ体位でソレを握り、突端で自分の入り口を探るように回転させる。
「うわっ、感じる。チョコちゃん、激しいことしないでくれよ」
千宵子が入り口の角度を見定めて、ソレをていねいに埋め込むように導く。斜め45度絶妙な角度で直哉の一部は千宵子に埋め込まれる。
「ううっ…動くなよ、チョコちゃん」
何もしていないのに、直哉は限界を感じる。
カウンターが取り払われて、近い距離に千宵子がやってきた、と思ったら、千宵子の中に取り込まれている。なんてヘビーな一日だ。
直哉は、意識を分散させようといろいろな事を考えるが、あまりの快感で脳がかき乱された。
千宵子は動かず、じっとして、直哉の一部を秘密の部屋で味わっている。
「すごく一緒」の快感
下から千宵子の顔を見上げると、うつろな眼で自分の世界に旅している。小さな顎のラインがかわいらしい。
ボブの髪は乱れもせず、会ったときのまま、まっすぐきれいだ。
「チョコちゃん、気持ちいいよ。チョコちゃんの中」
「わたしも…今、寂しくない…。すごく一緒にいる」
「すごく一緒?」
「そう、1ミリも離れていない。すごく一緒」
やはり千宵子は女神だ。直哉の抱えている地獄も寂しさも吹き飛ばす。
「なんてすてきな言葉なんだ」
千宵子の指が直哉のうなじから乳首に向かって蟻のように這い回る。
「チョコ…いいよ。全身でチョコを感じる」
「わたし、こんなに自由に男の人触ったことない」
「今までは、受け身だったってこと?」
千宵子は答えない。下世話な質問だ。
直哉は千宵子の前では臭いセリフや、ずれた受け答えしか出てこない。調子を崩される。そこがまた心地よい。
「チョコは、俺をかき乱す…」
「かき乱す? ぐちゃぐちゃにかき回すこと?」
「ああ、俺はあの日からグチャグチャだ」
千宵子が直哉の上でクスリと笑う。
そして千宵子の身体が上下にズンと動き、腰骨が右と左に回転する。
直哉の脳にピカっと白い光が入り込む。快感が下半身から頭のテッペンまで電流のように駆け巡る。
「おうううっ」
多数の女とは味わったことがない「すごく一緒」の快感に一突きされた。
まるで童貞をうばわれたかのような晴れやかな一瞬だった。
千宵子の中ですべてを放つと直哉は不思議な感覚に襲われた。
グズグズ長引いていた流行りの風邪が一瞬で完治したとでも言おうか、なんとも言えぬすがすがしい気持ち。
ノリアキに裏切られ、数々の女たちの恨みを買い、プライドも金も、普通の生活も消え去ってうなされていた毎日なのに。
「直哉さん…」
千宵子が左隣で名前を呼ぶ。
「なんだい?」
「私、さっきみたいなやさしくて気持ちいいの初めてで、驚いた」
直哉は上半身を起こして千宵子を見下ろす。
放心したようなうつろな眼で、千宵子がぽつっと話す。
「どういうこと?」
「話してもいい?」
「うん」
「私ね、高校の時のカレシが悪いやつで、DV受けてた。セックスもそう。ひどいセックス。でも、反抗できない性格だからずっと耐えてた」
「親や警察には言わなかったのか」
「…一年位黙ってたけど、顔に手を出されて、隠せなくなって親に言った…。そしたら父親は、母親がしっかり見張ってないからそんな男にひっかかったって母に当たり散らした」
「え? そいで、その男は」
「父親が相手の実家に怒鳴り込んで示談金。相手はじいちゃんが地元の地主だったから、お金で解決しようって。そのお金で父親は…浮気して出ていった」
直哉は、千宵子の手をギュっと握りしめた。
「かあさんは、全部あんたのせいだって、私を責めるようになって鬱病に…」
「今は?」
「船橋の療養施設にずっと入院してる。やせ細って廃人みたいになってる」
千宵子は続けた。
「DVカレシはストーカーみたいになって、それでここに引っ越したの。弁当屋のバイトしながら必死で生きた。弁当屋だけじゃ暮らしていけない私を見て、スナックリバーのママが何も言わずに私を引き受けてくれた。ママはそこの弁当屋に毎日来てくれてたから」
直哉は、灯りをつけて、熱いほうじ茶を入れ直した。いい香りだ。それで千宵子はしきりに「やさしいセックス」って言ったのか。
「チョコちゃん、も何も言わなくていい」
直哉はなぜか自分を反省し始めた。信じていた先輩に騙されて一文無しのみじめな人生と思っていた自分が情けなくなった。
千宵子の心はズタズタになっている。それを見せずにひたすら笑って仕事をしているじゃないか。
千宵子のはかなげな雰囲気は、壮絶な経験があるからだ、自分の地獄は千宵子に言わせると「甘いよ」に違いない。
物言わずおとなしい千宵子は、ほんとうは陽気な明るい娘だったんだ。口を閉じさせる事件があったから無口になっただけだ。
思いがけない再会
直哉は無理して笑った。
「チョコちゃん、腹減ったなあ。ラーメンとかないの? インスタントでいいから」
「あ、カップ麺ある、ひとつだけ」
「食おう!」
服を着て、殺風景な部屋で、カップラーメンをすすり合う。
直哉は薄っぺらいチャーシューを半分かじって、半分を千宵子の口に箸で入れてやる。
「シュールな光景だ」
昔のすかしていた頃の直哉が今の自分をからかうようにつぶやく。
意味がわからず千宵子がキョトっとする。たまらなくいとしい。
1年後後、直哉は倉庫会社での仕事ぶりが認められ、正社員になり、チーフマネージャーに昇格した。
もう夜のバイトはしなくてもすむ。
千宵子と二人で1DKのマンションを借りた。
スナックリバーのママも喜んでくれた。チョコちゃんファンのオヤジ達は「ふられた。イケメンに盗られた」と言いながらも祝福してくれている。
いつも千葉付近で過ごしているので、直哉は思い立って千宵子を誘ってみた。
「もう絶対行かないと思ってたけど、行ってみないか、六本木。一度だけしっかり見ておきたい。俺がまだ若くて、何もわからず馬鹿やってた街」
昔の仲間に出会ったとしても、もう堂々と挨拶できる。
日曜の昼下がり、直哉と千宵子は少しおしゃれをしてミッドタウンの裏の公園を散歩した。芝生ではセンスがいい親子が何組か遊んでいる。
「チョコ、俺らも落ち着いたら結婚するか」
直哉が小声で言う。千宵子が耳を真っ赤にしてうなずく。
直哉が
「あれ? 似たやつがいる…」
未来への希望と幸せ
焦げ茶色の長い髪を三つ編みにしてリボンをつけた若いママと1歳位の男の子。
山吹色の格子柄のロングスカートをはいている。背がちっこい。沙羅だ。浮いたファッション、リスみたいな髪。間違いない。
「おい、沙羅ちゃん?」
直哉が思わず声をかける。かわいらしいママが振り向く。
「直哉さん? まじで? うそでしょ?」
途方に暮れる沙羅。
「お前、札幌に帰ったんだろ。なんで東京に?」
沙羅が息をはずませて答える。かわいらしい男の子が芝生に座って沙羅のスカートの裾を握っている。
「私、あのまま、別のイベント会社に就職したんです。直哉さんのこと忘れられずに。東京にいたらいつか会えるかなって」
「それで?」
「そしたら、就職先の会社がIT系のベンチャーに買収されて…そこの役員さんと…」
「結婚した?」
沙羅がニッコリする。幸せそうでよかった。この界隈に住みたいと言っていたことを思い出す。
ゴタゴタに巻き込まれて、どうしたかと心配したが自分のことで手一杯で余裕がなかったのだ。
振り返って、千宵子にいきさつを説明する。
「直くんのこと、好きだったんですか?」
ズバリと千宵子が沙羅に尋ねる。
「ええ。とっても仕事ができて、アーティストやお客さんのことを一番に考えてる直哉さんは素敵でした。リスペクトできるっていうか…」
直哉は心がプルっと揺さぶられた。リスみたいだとからかっていた札幌の女の子が、過去の自分を認めてくれている。
「沙羅ちゃん、やめろよ。金回りがいい頃は俺も調子こいてたんだ」
「よかった。そう思ってた。直くんは、他人のためにがんばる人だって、ずっと思ってた」
千宵子が沙羅を見ながらゆっくりと告げる。沙羅が右手をそっと差し出す。千宵子が沙羅の手を握る。
「私達、幸せになります。きっと」
「私もチョ〜安心した」
遠くから人が良さそうな男が手を振って近づいてくる。
「あ、パパだ。航生、パパんとこ行こう!」
沙羅が男の子を抱き上げ、直哉に背を向けた。
「ありがとう、沙羅」
直哉は、あの頃の自分を褒めてくれた沙羅に聞こえないようにつぶやいた。
千宵子が直哉の腰に手を当てた。やさしい熱がシャツの上から伝わってきた。
END
あらすじ
主人公・直哉は大学2年の時、先輩が立ち上げたイベント会社に誘われてそのまま働くようになった。
彼女に不自由しない人生を送っている。
仕事で忙しい毎日だが、LINEを確認すると8人の女からダダダっと入ってきている。
その中の一人・セリナなら抱いていいと感じたため、忙しい最中タクシーを飛ばしてセリナの家まで赴いた。