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恋愛とセックスのかけ算/28歳 チズの場合


冷えたフローリング

ベッドから抜け出し、素足で床に足を着くとヒンヤリ冷たい。
足裏を通して寒さが脳まで駆け昇る。昨日までフローリングの床が冷たいなんて感じなかったのに。季節は突然変わる。

チズはクローゼットの奥の方から靴下を探し出して縮こまった足を入れた。
半袖のシャツの上にカーディガンをはおり、歯ブラシを口に突っ込んでケータイを手に取る。
元カレの浩輔からメールが届いている。

「やばっ。ついに入籍しちゃったよ。しばらくは夜遊びできないな。チズは新しいカレシできた?」

歯ブラシを奥歯でギュっと噛み締め

「ご心配ありがと。カレシできたから奥様とお幸せに」

送信するやいなやため息が出た。
一年半も前に別れた男なのに、どうしてこんなに気になるんだろう。どうしてアドレスを削除できないんだろう。
着拒したっていいのに、どうしてもできない。
浩輔は俺様系で、チズは振り回されっぱなしだった。
デートのドタキャン、チズへの借金は当たり前。たまにごちそうしてくれても翌週は倍の金額を貸してくれとせがむ。

結婚する素振りを見せはするが

「俺の夢を実現したら結婚しよう」

で逃げまくる。その夢がなんだったのかチズには今でもわからない。
友達は口を揃えてあんな奴別れろと忠告してくれた。
「あんな奴」呼ばわりされるような男。それほどチズは傷つけられていた。

でも、チズには浩輔が生活の一部になっていた。
チズの人生が16枚のジグソーパズルだとしたら浩輔は6枚分を占めていた。半分までいかないけれどかなりの割合。

チズが東京で働き始めて5年。そのうち4年を浩輔は一緒にいてくれた。
足先がヒンヤリする寂しい季節でも、浩輔が隣りで寝ていると寂しくなかった。
浩輔のあたたかいふくらはぎがチズの足の甲にピタリと張り付き、心地よかった。
浩輔のふくらはぎの熱と柔らかさでチズは欲情する。

背を向けて寝ている浩輔に抱きつき後ろから手を股間に回す。
落ち着いているそれがどんどん大きくなる。その過程を手のひらで感じて幸せになった。
寝ぼけ眼の浩輔は、必ずクルッとチズの方に向き直り、チズの胸をさぐる。
もう少し寝ていたい、だけど入れたい、そんなひとときがチズの思い出箱から追い出せない。

遠回りの帰り道

「チズ、ゴーコン行こうよ。相手はアパレル系だからかっこいいのいるかもよ」

女友達に誘われ、つい合コンの誘いに乗ってしまうのは寂しいからだとチズは自分でわかっていた。結婚したいとか家族を持ちたいというのではなく、一緒にいてくれる彼が欲しい。
新宿の高層ビル街で開かれた合コンはたしかにしゃれた男性が集まっていた。

チズの隣りに座ったモテそうな甘い顔立ちの達也と名乗った。
白いシャツに紺のパンツという高校の制服のような配色の格好。それなのに上質な素材でできているのかデザインがスマートなのか、メンズ雑誌で見かけるようなモデルに見えた。
一次会が終わり、エレベーターで地上に降りると達也が声をかけてきた。

「うちはどっち?」

「桜上水です」

「あー、線が違う。僕、小田急なんだ。でも送ってくよ」

「ええ? いいです、いいです。遠回りじゃないですか」

「送らせてよ」

周囲は大人のふりをして、見て見ぬ振り。誰もちゃかさない。
チズはコクリと頷いた。
桜上水の駅から徒歩12分。4階建てのワンルームマンション。
チズの給与からするとちょっと高い部屋だが、欲しいものを削ってでも都会っぽい部屋に住みたかった。憧れの都内のマンション。
観葉植物を置いて、ポップな絵を飾って、帰宅した時にほっと休まる空間を保っていた。
マンションの玄関でチズから誘った。モデルみたいな彼だし、もっと一緒にいたい。

「あの、終電まで少し時間あるのでうちでお茶飲みますか?」

「え、いいの?」

達也は少しだけ驚いた表情を見せたが、うれしそうに笑った。チズは寂しかった。
お茶飲み友達が欲しかったのではない。誰かのぬくもりが欲しかった。
熱い紅茶を飲み干すと達也はチズのそばに座り直して言った。

「キスしていい?」

チズはそっと目を閉じた。
浩輔のふくらはぎのぬくもりがふっと脳裏をよぎる。
チズは欲情していた。

言葉では言えないから

一年半ぶりの男性との交わりは、とても新鮮だった。

達也の体温は浩輔の体温より微妙に高い。肌が触れ合う部分が多いとポカポカする。
チズの胸を達也の胸に押し付ける。チズの足を達也の太ももの間に置く。密着。
自分の身体を達也に押し付ける。身体を一体化させたいとすら感じる。

「チズちゃん、攻撃的だね。グイグイ攻めて来る」

「おとなしいセックスが好き?」

「ううん、今みたいに身体を押し付けられるのが好き。気持ちいいもん。きれいなおっぱいだ。柔らかいけど力強い」

チズはEカップで豊満なバストが自慢だ。高校の頃は恥ずかしかったけれど大人になってみると武器になる。
顔立ちは派手ではないが、美しく盛り上がったバストに視線を感じることがよくある。浩輔もチズの胸を褒め讃えていた。

「力強いおっぱいって褒め言葉?」

チズの問いかけに達也が右の乳房胸を両手で包み込んで答えた。

「褒めているんだよ。すてきだ。おっぱいが私を舐めて、愛してって言っている。意志があるおっぱいだね。」

二人は笑ってさらに硬く抱き合った。
胸のふくらみ全体を舌でまさぐられるたびにじれったい気持ちが腰を震わせる。
チズはおっぱい胸と腰は性感帯が一直線につながっていると自覚した。疼くという言葉があてはまるとしたらまさに今だ。
腰の辺りを羽でふわりと撫でられているような感覚、そして触れて欲しがる。チズの入り口が。
何かを待っているようにヒクンと収縮する。そして緩む。開く。

「チズちゃん、どうしてほしい?」

「もう、達也くん、意地悪ね。そんなこと言えない」

「身体では攻めてきているのに、言葉では言えないんだ。言ってみて」

「いやだ…」

「こんなにビクビクしている」

達也が親指で入り口を確認した。

「チズちゃん、言ってみて。どうしてほしいか。」

チズは疼いていた。限界まで疼いていたいと思った。
達也の肌はさらに熱を帯びてあたたかい。

「はやく来て…腰から下がとろけそう」

真っ白のアドレスページ

真っ白のアドレスページ

達也が身体の中いっぱいに入ってきた瞬間、チズは小さく悲鳴をあげて、達也に腰をグイと押し付けた。

「そんなに攻めないでくれよ……すぐいっちゃうよ」

眉を寄せて我慢する表情がいとおしい。
チズはおもいっきり開いて、達也を飲み込むように締め付けた。
疼きがピタリと止まる。一瞬、何も聞こえない静かな空間に全身が放り出される。
じらされればじらされるほど遠くに放り投げられる事をチズはよく知っていた。

カーテンの隙間から光が射して来る頃、達也がむっくり起き上がった。

「土曜だけどさ休みじゃないんだ。午後から青山の店舗に行かないと。だから、帰る。」

「紅茶入れようか」

達也は何ごともなかったかのようにサクっと制服のように見えるシャツを身につけた。

「いいよ。寝てて。じゃあねー!また会おう」

少女漫画に出てくるようなさわやかな笑顔で左手をチャラっと振って達也はドアをバタンと閉めた。
その日から、二週間に一度の割合で達也はやってきた。ふわーっと風のように現れて、チズをあたためてくれて、朝には笑顔でドアを出てゆく。
「彼女がいる」とか「付き合おう」と言う言葉はいっさい出ない。チズからも尋ねない。

せっかく見つけた好みの男。寂しさを埋める相手。じらし方も抜群だ。
チズは自分の身体すべてを押し付けることで快感を得る。
冷たい私の身体を暖めてと言わんばかりに達也を求めてしまう。
セックスの相性が浩輔より断然いいとはっきりわかる。そして浩輔より肌が熱を帯びていて心地よい。

浩輔から

「新婚旅行連れてけってうるさいんだよ。どこがいいかな。ローマとか言っているけど高いよなあ」

という結婚自慢のメールが来てもさらりと交わす余裕ができた。

浩輔を断ち切るために、達也の存在は必要。そして自分の疼きを止めてくれる意味でも必要。
だけど、執着してはいけない相手。チズはブレーキをかけながら日々を過ごした。
達也と真剣に付き合いたいと思う夜も時にあったが「ダメダメ」と首を振ってその思いを吹っ切った。
相手が意思表明をしないということは都合のいい女なのだ。

たしかにデートらしいデートはしない。食事とセックスのみ。
別れた方がいいけれど、いなくなると寂しい。達也が消えればきっと浩輔の幸せを応援できない。
小さな葛藤が頭の中でプツンと湧きあがったり消えたりする。

4ヶ月経った頃だった。チズは携帯電話を不注意でなくしてしまった。
旧式のガラケーだったし、いい機会だと思いスマホに替える手続きをした。番号が変わった。
新しいスマホにきれいなワインレッドのケースをかぶせながら、ふと思った。電話が変われば、人生も変わるかもしれない。
達也にも浩輔にも変更の連絡をしなかった。新しいスマホがあるから寂しくないと言い聞かせ、ひとりの時間はゲームをしたり、SNSを覗いたりして過ごした。
執着してはいけないと思っていたからか、達也を忘れる事は意外に楽だった。
ただ寒い朝、フローリングの床に素足をついた時に、かならず思い出す。あたたかい肌の男と一緒だと安心して眠れたなと。

「アドレスページにはやくあたたかい肌の男が登録されますように。」

チズはスマホにキスをした。


END

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あらすじ

季節は突然変わる。
昨日まで温かかった床がヒンヤリと冷たい。
4年間隣にあった元彼のぬくもりが忘れられないチズに、友達から合コンの誘いが来て…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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