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恋愛とセックスのかけ算/25歳 逢香の場合


存在している男

シャリンシャリンと腰につけた鈴が涼しげな音色をたてる。
リズミカルに腰を縦に横に斜めに振る。手首をしなやかに回し、手の甲をそらせる。
指先まで神経を集中させる。指先が空に円を描く。ジグザクに宙を斬る。

シャリンシャリンと響く鈴の音とアラビアの独特の音楽が逢香一人の世界だ。9/8拍子のジプシーリズムが逢香の身体に入り込んでいる。
腹部をキュっと硬くして小刻みに揺さぶる時、逢香はいつも思い出す。昔、愛したハルの横顔を。

高校2年の時だった。「身体表現」という授業を選択した逢香は舞踊ホールに向かった。
授業開始より15分も早く行ったのできっと誰もいないと思った。
ドアを少し開けて中を覗くと、一人の青年が大きくジャンプしてストンと着地した。
床に静止して胸をはり、腕を広げ、息をあがらせた青年と目が合った。

ハル。

ハルとの出会いに強烈な縁を感じた。
その日の授業の自己紹介でハルはプロのダンサーを夢見ている事、海外にダンス留学したいことを愛嬌たっぷりに語った。
まさに夢を語る表現者の風格だった。

逢香はただダンスが好き、なんとなく舞台に立つのが好きというボンヤリした思いで過ごしていたので、脳天をガツンと殴られるような衝撃を覚えた。
その日から遭香の高校生活にハルが登場した。
廊下ですれ違うたびにハイタッチしたり、昼休みにパンをかじりながらダンスの事をたくさん話したり。
普段はヘラヘラして落ちこぼれ高校生を演じているが、踊りだした瞬間から、身体全体の筋肉に神経を集中させ、表情もガラリと変わる。
頬の形もシャープになり、目頭がつり上がる。

やさしい気持ちを表現するダンスのときは一気に表情が緩む。ハルのきれがある変化はいつも勉強になった。
ハルについて一言で表すなら「存在している男」。
ハルは逢香の人生の中でぎらつくほどの存在感を示した。

キスだけじゃなくて

ハルが海外留学をするまでと決めて、ふたりは付き合い始めた。
逢香は将来の事で悩む多感な時期。
叔母の友達がベリーダンスの教室を開いているというので見学に行き、踊ってみたくなった。ベリーダンスで独立ができるか不安を感じながらも。

劇団に所属して女優になるか、経済的には手に職を持った方がいいので美容の専門学校に入るか。
将来への葛藤をハルにぶつけても、ハルは逢香の人生、自分で決めるべきとしか言わない。

ハルはたしかに迷いがない。
逢香のように保険をかけて「食べて行ける人生」を考える事などしない。
世界に通用するダンサーになるというまっすぐな夢だけを見上げて行きている。うらやましかった。
反面、ハルの存在感がパワフルすぎて逢香は自信がなくなりそうな時もあった。

「一緒にニューヨーク行く?」

冗談なのか本気なのか、ハルが告げた。逢香はとまどった。海外に行って何をしていいのかわからない。
ハルは様々な高校生コンクールで優勝するほどのトップダンサーの卵。一緒にいていいのか。

「ハル、キスだけじゃなくてちゃんと抱いて」

逢香の言葉にハルはニコっと笑ってきれいなターンを見せた。
腕を胸の前でクロスして立つハル。前髪がひたいにかかり、童話の世界の王子様のようだ。

逢香はハルについてニューヨークに行きたいと感じた。

初めての夜、昨日までの自分と違った人になるような気がして怖かった。
逢香はダンスをしているのでよく姿身で全身を見つめる。学校の舞踏ホールでも鏡の前でポージングをして1時間くらい平気で過ぎるときもある。
自分の身体に関してはよくわかっているつもりだった。でもそれは外見。
身体の内側についてはまったくわからない。背中がどのくらいしなって、脚は180度開くこともわかっている。柔軟な若い身体。

でも、セックスって?

お互いに見せ合って

お互いに見せ合って

うす暗い照明の下で見るハルの裸体は完璧だった。
筋肉のつき方は男らしいものではなく、ほどよく盛り上がり、ほどよく痩せていた。
ウェストからヒップにかけての曲線が女性のようになめらかなカーブを描いていた。

「きれい…」

「いつも僕が踊ってるところ見てるじゃん」

「こんなにきれいな身体ってわかんなかった」

「逢香も見せてよ。ぜんぶ」

ハっと我に返った。
抱いて欲しいと言ったのは自分だ。二人の小遣いを合わせてやっと見つけたホテルの一室。

「やっぱり、恥ずかしい、ハルのきれいな身体見たら脱げない」

「ずるいってー」

ハルがはしゃいで逢香をベッドに押し倒した。

「ほんと、だめ。そんなスタイルよくないし」

「ダンサー希望で毎日、ストレッチして踊ってるんだからさ。だいじょぶ」

逢香はハルの腕からスルッと逃げてベッドの横に立ち上がった。
頬が熱い。唇が乾く。舞台に立つ前より緊張する。

「じゃあ、見てて。自分で脱ぐ。私、表現者の卵だから、テーマを伝えながら脱ぐ。」

逢香は全身の筋を伸ばし、ゆっくりシャツをたくしあげた。ハルに背中を見せる形で回転し、スカートをおろした。
水色のスカートが足首に向かってふわりと落ちたとき、ハルはベッドのシーツの下に潜り込んだ。

「寒いの?」

「いや、ちょっと…」

苦笑いするハルをじっと見つめて逢香はブラジャーのホックをはずした。
産まれて初めて好きな人の前で胸を見せる。自分の心臓の音がドクドク聞こえた。

表現する。ハルの前で。テーマは「永遠に愛してる」。
丸く盛り上がったかわいい胸は、逢香以上に恥ずかしがっているように震えた。
ハルが声をかけた。

「逢香、こっちおいで。最後はぼくが脱がせたい」

試行錯誤

ハルにとっても初めてだった。
女の子のやさしい香り、プルッとした肌の弾力、すべすべのふともも。
どうやって触ればいいのか途中でわからなくなり、指の動きを止めた。

「緊張するなあ。逢香、どんなふうにさわってほしい?」

「聞かないで、私も何もわからない。触れ合ってるだけで幸せ」

ハルの指がショーツにかかり、迷っていた。
この最後の一枚を取ってしまったら今までの関係がおわる、明日から逢香を見るとどんな気持ちになるのか想像できなかった。
いつもの軽いキスではだめだ。こういう場面でするキスはもっと違うキスじゃないかと思った。
映画で見たような長い深いキス。相手の髪の毛がくしゃくしゃになるくらい抱きしめて力強キスをしなくては。

ハルは半分冷静に、半分ビクビクして逢香に触れた。
逢香の胸に舌先を這わせたとき、冷静さが吹き飛んだ。
エッチなネット動画でしか見た事がないおっぱい。リアルな乳房が目の前で震えているのを見て、ハルの中で何かが飛んだ。ヒューズが切れたような気分。
最後の一枚を一気にひきはがし、その部分にてのひらを当てた。

「恥ずかしいよ」

逢香が顔を両手で隠した。

「僕もだよ」

「痛いのかな?」

「やってみよう」

ハルの硬いそれを逢香のくぼみに押し当てた。
グンと押し込もうとしたがうまくいかない。逢香が小さな声でつぶやく。

「脚を開けばいいの?もっと?」

「うん、膝を曲げてみて」

それでもうまくいかなかった。何度か試みているうちに逢香は泣きそうになった。

「こんど、ちゃんとしよう。僕、勉強して来るからさ」

ハルがシーツの上に正座してペコっと頭を下げた。

「コメディみたいだ」

目に涙をためて逢香が笑った。

「ハル、私が服を脱ぐとき、何を表現したかわかってくれた?」

「うーん…」

「永遠に愛してる」

どんな私でも

その夜をさかいに逢香の足取りが前より軽くなった。
学校へ続く道を歩いていても、舞踊場でダンスの稽古をしていても膝が軽やかに曲がり、大腿部の筋肉がスーッと伸びる。
ジャンプするといつもより数センチ高く飛べている気持ちだ。愛するハルとひとつになれたわけではないけれど、生まれたままの自分をさらけだした。
胸の鼓動がアフリカのミュージックのようにドドドンと鳴っていた夜。ハルのぬくもりを身体全体で受け止めたことが逢香の自信になっていた。

ほかの女子生徒が踊るダンスを見るとき、いつもなら

「わたしだったらもっと大胆に肩を前に突き出すのに」

と批判的な目で眺めていたが、今は

「この子とってもうまい。足の先まで神経集中させてる」

と素直に讃えることができた。
人を讃える事で自分のスキルも上がることに気づいた。
クラスメートの恵美が風邪気味なのか、しゃがれ声で話しているのに気づいて、そっとキャンディーを渡し

「うがいしたほうがいいよ」

と声をかけた。
恵美が「サンキュ」と言ってうれしそうに微笑むのを見て、逢香は今までの自分がつっぱっていたことに気づいた。

友達に対しても、家族に対しても。何でそんなにかっこつけていたんだろう。
早く大人になりたかったから?ダンサーになって認められたかったから?
自己表現の道を選ぶんだからクラスメートとは違う芸術的な自分を演じなくちゃいけないと思ってたんだ。

いろいろな事がリリーフのように浮き上がって来た。
つっばる必要なんかない、ハルはどんな私でも愛してくれる。笑いたい時は笑えばいい。
友達とじゃれあったり、くだらない話で盛り上がればいい。そして、ダンスがうまい人を素直に尊敬しよう、そんな気持ちになっていた。
真剣にプロのベリーダンサになりたいという願いがジリジリと身をつつんだ。
ハルは海外でトップダンサーになるために頑張るんだ、自分は日本ではあまり知られていないベリーダンスの世界に身を投じる。

ハルとの夜はハルとの別離を決心させてくれた。新しい自分が硬い殻を破ろうとしている。

永遠に愛してる

ハルと別れてベリーダンスの道を進み、4年経つ。
逢香は思い出を糧に自分のダンスに意味付けをしていった。

男に翻弄されて肩を落としてたたずむ女、男の愛にまどわされる女、男のほとばしる愛に身体を震わせる女。豊穣を祝う女。新しい生命の誕生を喜ぶ女。
ダンスの中で逢香に様々な女がのり移る。様々な女を表現する逢香は美しかった。
蛇に姿を変えてうねる。指先から肘へ、肩へ頭へ一筋の線が波を描く。肉付きのいい腰がねっとりと旋回する。
目の前にいる男を虜にしてやるというたくらみのまなざしの女も逢香の中にいる。

ベルベットの布がハラリと宙を舞う。かかとをあげて小刻みに床を踏む。
小さな振動がやがて大きな興奮を呼び、ハルに包まれている感情を呼び覚ます。腰につけた鈴がシャシャシャリンと官能の音をたてる。
鈴の音が耳をまさぐるとき、逢香は涙ぐむ。その音はハルのささやく声に変わる。

「逢香は生まれ変わったら、男と女、どっちがいい?」

「私は、男だなー。」

「俺は、次は女で生まれ変わりたいな」

「え? 何で? 男の方が気楽そうじゃん」

「だって、女は歳を重ねるほど綺麗になれるし、子供を産めるのは女の特権だよ?俺、女として生まれ変わったら、絶対子供産んでみたいもん。」

ハルとの会話が蘇る。その時はよくわからなかったけれど、ダンスの本質を追いかけている今なら理解できる。
女性は一生、神秘的で美しくいられること。
女として生まれた事をハルと会う前は嫌だと感じていたけれど、今の逢香は身体中で喜んでいる。
ハルと過ごした時間、ベリーダンスの世界、自分を取り巻く環境が逢香の殻をはぎ取ってくれた。
ハルと結ばれる事はなかったけれど、硬かった気持ちを緩めてくれたハルにありがとうと伝えたい。
「永遠に愛してる」と伝えた夜の秘め事は逢香のダンスを開かせてくれた。

湧きおこる感謝の気持ちがハルに伝わりますように。逢香はまぶたを閉じて祈った。


END

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あらすじ

逢香が高校2年生の時に出会ったハル。ハルはプロのダンサーを夢見ていた。
付き合い始めた二人だったが、ハルが海外留学することになり、抱いて欲しいとお願いして…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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