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恋愛とセックスのかけ算/28歳 ひなたの場合


気分転換

上司の浦辺に、仕事の詰めが甘いとしこたま怒鳴られた。浦辺は何かに付けてひなたに注意する。天敵だ。ひなたは、もやもやしていた。

嫌な奴と毎日顔を合わせるなんて地獄だ。部署替えにならない限り半径二メートル以内にあいつがいる毎日。

部屋のカーペットの上に大の字で寝転がり「クッソー!バカ浦辺」と吐き出した。天井を見つめていると、丸いシミができていて、それが浦辺の顔に見え始めた。

2DKのマンション暮らしは気に入っていた。駅から十五分歩くあいだにおいしいパン屋や花屋があり、生活に潤いがある。

レンガ造りの外観。一階から二階に向かってマンションにしてはめずらしく螺旋階段がある。

パテオらしき庭もあり、年中グリーンの葉っぱを付けている樹が二本立っていて、朝には小鳥がやってくる。部屋もオフホワイトですっきりまとまっていた。

ここに住み始めて五年。ひなたは天井のシミを見つけた後、起き上がってあぐらをかき、グルリと壁を見回した。そういえば壁が色あせている。

オフホワイトのはずだったのにくすんでベージュっぽくなっている。冬は加湿器を使うし、趣味でお香を炊くこともあるせいか。ひなたは気分転換に部屋の模様替えをしたくなっていた。

引き出しの奥からファイルに入れておいた契約書を取り出す。契約書には自己都合に寄る改修は管理会社に相談をと書かれていた。ひなたはさっそく翌日、管理会社の許可を得て、インテリアショップに出向いた。

ビビッドカラーからパステルカラー、花模様、ストライプ。壁紙とカーテンの見本がショールーム中に並び、おとぎ話の世界に足を踏み入れたような錯覚にとらわれた。見ているだけで時間があっという間に過ぎた。

ひなたの眼を引いたのは緑をベースにしたリーフ柄の壁紙だった。薄い緑の大きな葉っぱがきれいにデザインんされている。あっちを向いたりこっちを向いたりで、森の中にたたずむ気分。

マンションにはパテオの樹もあるし、お部屋も森みたいにしようとひなたは思った。リーフ柄の壁紙とペパーミントグリーンのカーテンを注文し、工事の日程を決めた。

翌月の第三土曜。待ち遠しい日々が始まった。模様替えをすれば、浦辺とのせめぎ合いも気にならなくなる、そう思うと会社に行くのが苦痛ではなくなっていた。

興味

「こんにちは、シップスルームからクロス張り替え工事に来ました」

ドアをあけると長い髪を束ねた端正な顔立ちの職人が立っていた。

ブルーのつなぎ服を着て腰に工具がたくさん入ったポケットベルトを巻いている。ひなたより30センチは背が高い。上を見上げながら

「ご苦労様です。今日はよろしくお願いします」と告げた。

「あと、二人、下から荷物を運んできますんで。お客さん、荷物は汚れないよう保護してありますか、ほこりとか飛びますんで」

家具はキッチンにまとめて置いて布をかけてある。いよいよ部屋が生まれ変わる。

ひなたはきれいな顔の職人が部屋を生まれ変わらせてくれると思うとワクワクしてきた。ほこりがたつので貴重品を持ってしばらく外に出るように言われた。

ひなたは近くのカフェにパソコンとスマホを持って出かけた。電子書籍を読んだり、FBを眺めたりであっと言う間に夕方になった。

部屋に戻るとほぼ作業は終わっていた。ボンドの臭いがツンと鼻につく。壁一面に緑の葉っぱが舞い、すがすがしい雰囲気。

「わあ、自分の部屋じゃないみたい。葉っぱから薬品の臭いするけど」

ひなたは鼻をつまみながら言った。

「しばらく窓はあけっぱなしにしてくださいね。今夜は張り替えしてないほうの部屋で寝るように」

職人の腕まくりしたつなぎ姿にときめいた。、腕の筋肉が盛り上がり、鍛えられた曲線を描いている。暑いからか、つなぎの前ファスナーを胸元までおろしている。ガッチリした鎖骨が覗く。男の鎖骨にこれほど眼が止まったことはない。周りにはいないタイプの男らしい職人。

「あ、あの、シップスさん、お名前は」

「草間です。今日のリーダーです。もしクロスに空気がはいって浮き上がるような線が出たらこちらに電話ください」

草間正臣という名前の下に会社の番号と携帯番号がしるしてあった。残りの部屋の施行は来週土曜の予定だ。その日から部屋に戻ると、森の中に正臣が立て膝で座っているような気分になった。

会社で浦辺に嫌みを飛ばされても気にならなくなり

「浦辺さん、仕事大変そうですね。なにか気分転換でもなさったらいいんじゃないですか。マッサージでも行ってみればどうですか」

など受け答えできるようになった。

浦辺がきょとんとする顔を見ると益々気分がよくなり、ニッコリ笑って「では失礼しまあす」とあいさつまでできる。

そして「もうすぐ土曜日」と何度もつぶやいた。

施行の前日、ひなたは、職人三人ぶんの昼ご飯を用意した。スーパーではなくちゃんとしたパン屋で買った食パンで作ったサンドイッチ。

そして土曜日、今度はスタッフをひとりだけ連れて正臣はやってきた。

「あの、壁紙貼るところ、見ていていいですか」

ひなたは、正臣のそばにいたいと思い、聞いてみた。

「いいすよ。じゃあ、マスクしたほうがいいっすね」

作業を始める前、正臣はタオルをターバンのように頭に巻き付けた。眉尻がキュっとあがり、切れ長のまなざしに変わる。玉のような汗を額に浮かべながら作業を進める様子を見て、ひなたは考えていた。

職場にいる男性や友達に紹介してもらう男性は、かっこつけて知ったかぶりするような人ばかり。「俺はさあ」と、やたら自分は意志がはっきりしている、できる奴なんだという印象の話し方をするし、仕事の話になると上から目線で爆裂トークをするようなタイプが多い。

この人から名刺を取ったら何が主張できるんだろうと思えるような。黙々と動き、たまにスタッフに短く指示を投げかける正臣を見ていると、単純にたくましいと感じた。

やわな彼氏と別れて一年半。正臣みたいな人と付き合うといつも守ってもらってる感があるだろうなと想像できた。身体の奥がポっと熱くなった。

濡れる

昼になったのでひなたは、サンドイッチを二人に渡した。仕事中でも食べやすいようにラップにくるんだロールタイプだ。

「わあ、いただきます、すんません」

「あの、冷たい麦茶もあるのでどうぞ」

前日わざわざ“かわいいお弁当グッズ”コーナーまで買いに行ったしゃれた紙コップに麦茶を注ぐ。繊細なレース柄のコップ。

「なんかうれしいっす。こんなきれいなカップでお茶もらって。こそばゆい感じ。俺らの飯、いっつもやっすいコンビニ弁当かカップ麺なんすよ」

「独り暮らしなんですか」

さりげないふうを装って彼女がいないかを探ってみた。

「俺は今日、別現場に居る相棒と二人でアパート暮らし。こいつは家庭持ちなんすけど」

もうひとりの職人サブローをサンドイッチを持った手で差した。

「うちは嫁も働いてるから弁当は期待できないんすよう。コンビニ弁当もそろそろ飽きたって感じで。飯は草間先輩と一緒っすよう」

サブローは残念そうに答えた。

「来週が最後ですよね。じゃあ、私、お弁当提供します」

ひなたは、チャンスとばかりに言った。

「いいすよ、いいすいいす。せっかくの休みなんだから、俺ら催促したみたいですんません」

サンドイッチタイムで距離が縮まった。午後の作業中はときどき、ひなたから正臣の背中に向かって話しかけた。作業の手を止めることなく正臣は答えてくれた。

正臣が腕を動かすたびに腕の筋肉がキュっと盛り上がる。スプレーで水を吹きかけたように細かい汗がびっしり皮膚に張り付き、てかりを出す。その汗に午後の日差しが反射する。

光る腕を見ているとひなたは、正臣の腕が自分の身体に巻き付いたら嬉しいのにと思った。

正臣の汗が自分の背中と腹部に触れて、ペタっと吸い付く感触。そしてひなたも汗をかく。汗と汗が混じり合って二人はいっそう近づく。身体同士を押し付け合いながら一体になろうとする。そして。

ひなたは、ハっと我に返った。パンティーが汗に濡れておしりに張り付いていた。汗なのか、彼を欲するしずくなのか、股間もじっとり湿っていた。

光る汗

ひなたの部屋の壁紙張り替えの最後の日がやってきた。ひなたは早朝からお弁当を作り始めた。

そぼろ肉入りの厚焼き卵、たこさんウインナーには黒ごまで目を付けた。毎日市販の弁当では野菜不足になるだろうと温野菜サラダは別に丸い透明なケースに入れた。かぼちゃ、パプリカと主張色を配色よく組み合わせた。

さらにフルーツはすいか、パイナップル、キウイをカクテルして別のタッパーに盛りつけた。「恋したかな。私」キウイの皮を剥きながらハミングした。

施行はほぼ前回で終わっているから最終のチェックということで、正臣一人でやってきた。

「一人だったんですか。二人分のお弁当用意したんですけど」

正臣はびっくりするように目を見開いた。

「いやあ、すんません、まじ、すんません。サブローの奴、別現場にかり出されて。残念だったなあ」

青いつなぎから鎖骨が覗く。ひなたは目線をそらした。このまま正臣を見ているとどうにかなりそうだったのだ。

最後の仕上げ作業をする正臣を見ながら、今日で最後と思うと寂しさが込み上げて来た。ひなたは、スっと立ち上がり、正臣に走りよって背中に抱きついた。

正臣は驚いたように作業の手を止めた。言葉が出ない時間が数秒間流れた。青いつなぎごしに背中の暖かさが伝わってくる。正臣はゆっくり振り返り、ひなたを正面から受け止めた。

「あの、あの、俺、汗べっしょりで汗くさいかもなんすけど」

小さな声で正臣がつぶやく。

「正臣さんの汗、毎回見てるうちに好きになったんです」

正臣のうなじにしたたる汗を指ですくいあげた。

ピクニック

ボンドの香り漂う部屋で二人は長いキスをした。想像通り正臣の汗がひなたの汗と混じり合った。

「まずいっす、お客さんの部屋でこんな…」

正臣が気まずそうに言う。

「今日からお客さんじゃなく、彼女にしてください。」

自分でもよくこんな大胆な事が言えると思った。ひなたは逃したくなかった。職場の同僚の男たちとはまったく違う正臣を。

ま新しいペパーミントグリーンのカーテンを閉め、二人はもう一度唇を求め合った。ひなたは自ら手を正臣の股間に伸ばした。硬くなったものが手のひらにおさまった。

「やめてくださいよ、まずいす。今日は仕事中ですから」

正臣がパっと身を離した。

「そうね、今日はだめですね。じゃあお弁当一緒に食べましょう。それくらいならいいでしょ」

かわいく盛りつけた弁当を食べながら正臣が笑う。

「すんげえうれしいんすけど、この部屋で食べるなら弁当箱に入れなくても、皿でよかったんじゃないすか」

「あっ。そうですねー。今、気がついた。でもこの壁紙のおかげでお部屋が森の中みたいになったから、ピクニックということで」

ひなたは嬉しそうに卵焼きを箸に差してクルリと回した。

「じゃあ、ピクニックということで」

正臣が続けて行った。

「あの、今日で工事は終わりだけど、ピクニックに、また来てもらえませんか」

正臣はウンとも言わず、照れくさそうに微笑んで自分が張り替えた壁をなで回して言った。

「俺の手がけた森ですからね」

花を見る女性

翌週、会社から帰ってデリで買って来たパエリアを食べていた時だった。スプーンですくって口に入れようとしたとき、インターホンが鳴った。あわててスプーンを置いた。ひなたは胸がバクバクした。正臣にちがいない。

1センチずつ様子をうかがうようにドアをあける。白いシャツにジーンズ姿の正臣が立っていた。青いつなぎ服とは印象が全く違う。きれいな顔だとは思っていたがファッション雑誌に出て来るモデルのような雰囲気だった。

「来てくれたの、正臣さん…」

「夜のピクニックっておかしいすか?」

「ぜんぜん、すっごく嬉しい」

ひなたは頬を紅潮させて抱きついた。汗の香りではなく、ミントのシャンプーの香りが漂った。

正臣は、壁をていねいに見回した。しっかり張り付いているかどうか、シワが出ていないかどうか。

「職人さん、とても素敵な部屋に生まれ変わりましたよ。仕事でいやなことがあっても、部屋に帰るとぜーんぶ忘れちゃう。ありがとう。」

ひなたは、今度はキスをせがむような姿勢で顔をクっと上に向けた。

「今日は仕事できたんじゃないからってことで」

正臣はひなたの腰を抱き寄せ、唇、顎、肩にキスを滑り降ろした。今日こそは抱かれたいという欲求が抑えられない。照明を落とすと、壁の葉っぱ模様がいい感じに浮かび上がった。

「青いつなぎもかっこよかったけど、私服もすてきすぎ。モデルさんになれますよ」

ひなたは、立ったまま正臣のシャツのボタンを上から三つ外した。

シャツの下から憧れていた鎖骨とひらたい丘をつくる胸筋が現れた。

「とってもきれいな身体」

ひなたは、筋肉で盛りあがった胸に舌先を押し付けた。乳首に立ち寄り、唇に含み、両手を正臣のジーンズのおしりに差し入れた。

そのまま自然な形でソファに寝そべる。正臣の下半身は、この前の続きをねだっているように息をしている。下半身からドクンドクンという息づかいが聞こえてきそうな勢いで。

ひなたはずっと正臣の汗を舐めていたかった。胸から腰に舌先を這わせたとき、正臣が「今度は俺の番」と言い、体制が逆転した。

正臣がひなたの下着をはずし、ボンドを塗り込めるような手つきでなで回す。ひなたの毛穴がひとつずつ開いて正臣の手のひらの熱を奪おうとする。

「熱い?エアコンつける?」

正臣が尋ねるがひなたは首を横に振った。

「ううん、あなたの汗に萌えるの。あなたお汗と私の汗がまざっちゃうくらい、強く抱きしめて」

正臣は腕に力を込めてひなたを包み込んだ。いつしか裸になり、汗だくの二人が絡み合う。

正臣を欲する液が湧き出る。汗と液で正臣の指が滑る。ひなたが途切れる声で言う。

「全身濡れてる。ベタベタしてるね。」

「シャワー浴びたい?」

「ううん、シャワーより、入れてみたくない?」

「入れてみたいっす…」

ひなたは、自ら脚を大きく開き、正臣の肩に乗せる。ひなたは森の中の大胆なセックスを思い描く。

グンっと、正臣が腰を突き上げる。

「あうっ」

小さな悲鳴をあげ、ひなたは目を細める。

壁に描かれた葉っぱがカサカサと風に揺れるように動く用な気がする。四方一面、美しい緑の森。森に迷い込んだひなたを助けに来てくれた正臣。

「ここよ、ここ、ここにいるの」

ひなたは、森で助けを求めるように正臣に感じる部分を告げる。正臣がその部分を探り当て、強く突く。

「イク、イク、イッちゃう」

ひなたは、正臣の左肩ごしに葉っぱを見つめながら全身をゆだねる。脚がVの時にまっすぐ伸びる。腰が浮く。

そして身体全体が森の上に浮かび上がり、ひなたは空から森を見下ろす。自分から求めて、汗を混ぜ合い、身体を密着させた男がいる。

その日から三ヶ月、正臣は連絡もせずにフラっと現れてはひなたと身体を重ねた。ひなたは「今夜は来るのかな」という期待感と来ない時の寂しさの繰り返しを楽しむようになっていた。

「来る時はメールして」という言葉を一度も言わなかった。それを言うと正臣がほかの森に行ってしまうような気がして。

先週から姿を現さない。もう二週間経つのに。名刺の番号をスマホに登録はしているが一度もかけたことはない。ひなたは、じらされる気分が嫌いではないと感じていた。

翌月も正臣は来なかった。

「ほかの居心地のいい森を見つけたんだ」

ひなたは、壁の葉っぱを見つめて寂しそうに微笑んだ。


END

あらすじ

会社でのストレスが溜まっている主人公・ひなたは、気分を変えたくなって部屋の模様替えをしようと思いつく。
そして、部屋にリフォーム職人の正臣がやって来て…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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