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【前編】恋愛とセックスのかけ算/29歳 蘭の場合
ダイヤの原石
真っ白のクアトロポルテ、谷田部がアクセルを踏むたびに蘭の背中が背もたれに吸い付く。心地よい重圧を楽しむ。
重圧は怖さと興奮をもたらすと気づいたのは蘭が初めてジェットコースターに乗った時だ。降りた時、頭の中と下半身がズキズキして、世界が逆転した経験がある。言葉にできない小さな震え。息が熱くなる高騰感。
道路で横に並んだ車。運転席の窓から誰もがクアトロをチラ見する。
首都高を新橋で降りるため谷田部が車線変更する。猛獣の唸り声のようなエンジン音が足元から上り立つ。
「こいつは、反応がいいんだ。アクセル踏むと音で答えてくれる。打てば響く。かわいい奴だ」
蘭はなんとなくわかったようなふりで頷く。
ホテルの前の車寄せに滑りこむ。キュっとクアトロが止まる。「ご主人さま、運転お疲れ様でした」といかしたボディがつぶやいているかのようだ。
「谷田部さん、今日はありがとう。打てば響く車でドライブ、最高でした。私、ホテルで着替えてからお店出るから、絶対いらしてね」
「ああ、タイから来てる取引先の接待終わってからだから11時になるぞ」
「待ってます」
クアトロがスッと消えてゆく。イタリアの車はなんて美しい曲線を描いているのだろう。目の前に停まっている国産車のタクシーと見比べて蘭はまだ見ぬ異国に思いを馳せる。
「いつかイタリアに行ってみたい」
蘭は衣装が入っている大きな紙袋をかかえてチェックインする。着替えとメイクをするだけなのでデイステイだ。
谷田部と江ノ島にフレンチトーストを食べに行くだけのデート。セックスはなし。蘭が銀座のクラブ、ゴールドリリーに勤め始めて半年。谷田部は最初から蘭を気に入ってくれ、月に3度は通ってくれている。
茨木の実家、両親に反発し、さしたる目的もなく東京に出てきた。高校時代の友達、ケイが東京で美容師として働き始めた。ケイのアパートに転がり込んだのが半年前のことだった。
ケイの練習台にされ、夜会巻きヘアにされた日のことだ。その髪型でブラブラ歩いている時にゴールドリリーのスカウトマンに声をかけられた。茨木にいる頃からコンビニの駐車場でよくナンパされた。
蘭はととのった高貴な顔立ちをしている。瞳は大きく、まばたきが少ない。細い顎を引いて、話す相手を見つめると、お姫様と話している気分になるとよく言われる。
鼻筋もスッと通り、小学校の頃はクレオパトラとあだ名がついたこともある。「磨けばダイヤになる」スカウトマンはそう言ってニヤっと笑った。
ゴールドリリーのママ、百合沙は蘭の憧れだ。豪華な金刺繍の和服を着こなす。毎晩、半襟の柄も変える。
振り向いた時の半襟と白いうなじのコントラスト。20代の蘭にはとうていかなわない色気を醸し出す。若いホステスたちはママのことを「おしゃれ番長」と呼び、夜のファッションの手ほどきを受けている。
「蘭ちゃん、ちょっと話があるの」
流し目でヒラヒラと手招きするママに見とれる。
「は、はい!」
「なあに、小学生みたいな元気なお返事ね」
百合沙ママはグロスなど塗って唇をテラテラ光らせていない。マットなピンクベージュの口紅でレトロなメイクをしている。それがなんとも言えぬ大人の女に見える。
「ママと話すとき、緊張するんです。すっごいきれいだから」
チラリと蘭を見てたしなめる。
「すっごい、なんて品がない言い方は直しなさい。女子高生じゃないのよ。”とても”という副詞があるでしょう」
「…はい。直します」
「会話の中で小さな”つ”と、伸ばす音を少なくするだけで上品な女に見えるわ。うちは、一流の殿方がいらっしゃる社交場にしたいの。マリカちゃんみたいに、語尾をいちいち伸ばさないよう気をつけてね」
たしかにマリカは幼い感じがする。名門大学3年生。週2回のバイト。今時の女子大生だ。ママの友人の娘さんと言う。
18人いるホステスの平均年齢を下げるため、ばらつきを出して多用なお客様に対応するためとママの方針で雇われている。
百合沙ママ専用個室で蘭は膝をきちりと揃えて座る。
「蘭ちゃん、あなたには期待してるの。良識もあり、お客様の欲するツボを自然に掴んでいる。ご両親と離れたくて東京に来たって言うけど、やさぐれていない。それに、なまりも2週間で完璧に消したわ。半年見ていて、ずいぶん成長した。外見も心も。」
面と向かって褒められている。蘭は益々緊張した。
「うちの大切なお客様、三幸貿易の谷田部社長もビーナスグループの森田会長もあなたのことがお気に入り。ここだけの話、ツートップに愛されるなんて、それだけで素晴らしい人生を保証されたようなもの…」
「だからね」
「はい?」
昇進の条件
百合沙ママはクイッと顎をあげて少し怖い顔で蘭を見た。
「私のセカンドとしてお店を切り盛りしてほしいの。私の会社の専務になってちょうだい」
蘭は息を飲む。小さなしゃっくりが一つ出た。断る雰囲気ではない。それほどの迫力をゴールドリリーのママ、百合沙は放っている。断ろうものならそのマットに塗った唇に飲み込まれてしまいそうだ。
「私もいつかは引退する。その時に私の想いを込めて作ったこの店を受け継いでくれる右腕を育てたいの。銀座で32年、バブル崩壊後も必死で守ったゴールドリリー。私の魂なの」
「ママ…光栄です。でも、まだ半年しか経験がない私に専務なんて…」
「私が見込んだの。でもね。風当たりは強いわよ。ホステス達からの。嫌味も言われるでしょう。蘭ちゃんなら耐えられると思ったから決めたの。特に千絵は古いから、あなたの昇進がおもしろくないでしょうね」
千絵はアラフォーのセクシー美女だ。ダイナマイトボディで元グラビアモデルをやっていたらしい。
いつもデコルテ全開のスパンコール付きのロングドレスを来て、大きくカールしたロングヘアを揺らしながらフロアをゆったり舞う。仕草がすべてダンスのように軽やかなのだ。
蘭もあんな体型に生まれたかったと羨望のまなざしで千絵を眺めていた。千絵目当ての上客も大勢いる。店の売上がしらだ。千絵にとってゴールドリリーは二件目の職場だ。前の店でもナンバー1だった。
「ママ、私、やっかみには負けません。千絵さんじゃなくて私を選んでくださったこと、感謝します。」
「そう言うと思った。見込んだだけのことはあるわ。あなたに与える目標はまず10ヶ月で売上を倍にして、二軒目の店舗を構えること。千絵が怒って辞めないよう気配りをすること。その2つよ」
店の帳簿をタブレットで見せながらママはあれこれ指示出しをした。
「最後に…」
「はい、なんでしょう」
「セックスをする相手は私に決めさせて」
威圧的な百合沙の口から、驚くような言葉が飛び出した。
「谷田部さんなら、すべてをまかせていいと思うわ…」
蘭は頭のなかが真っ白になった。動揺を隠してフロアに戻り、いつもどおり接客をする。思いがけない展開に身体全体が興奮しているのがわかる。
紫色のソファの隣に座った客が鼻の下を伸ばして猫なで声を出している。
「蘭ちゃん、いつもより身体熱いよ。スベスベな腕が熱を帯びてる感じがする」
銀縁メガネの初老の客は、手の甲で蘭の腕をヌラリと撫でる。一流の客しか来ない店にしたいが、今はそこまでの力量がない。
蘭はこの業界でトップの座に上り詰める自分の姿を描いたばかりだ。気持ち悪い客が座っている。そんなことで嫌がっていては安めのキャバクラのバイトと同レベルだ。
蘭は客の目を見てニコッと笑う。客の手を自分の手で包み込む。
「佐野さん、よく気づきましたね。私、今日、エキサイティングなことがあったの。だから熱もあるし、呼吸も速くなりました。息も熱いでしょ」
フっと客の耳元に息を吹きかける。
「こんな時はシャンパンでスカッとしたいな…。私、ごちそうしますから一緒に飲んでください」
「蘭ちゃん。君がサービスなんかしなくていいんだよ。ここで遊べる客はそんなみみっちいこと言わないの知ってるだろ。クリュッグ入れて」
これで12万円の売上がオンされた。蘭はすでに頭の中で経営者の芽が頭を出し始めていた。
翌日から百合沙ママの徹底指導が始まった。店を設立以来ていねいに作った古いノートを40冊渡された。客一人一人の職種、生い立ち、人となり、家族構成など事細かに記してある。
何時間かノートを読んでいて蘭はあまりに驚いて声が出なくなった。ある項目を見つけたのだ。この項目は全員分ではなく数えるほどの人数だ。
『性の好み』。百合沙は、笑いながら言う。
「ホホホ。私だけが試したわけじゃないのよ。ホステスさん達にこっそりヒアリングして、喋ってくれたことだけ書いてあるの。勘違いしてほしくないのは、皆、お相手のことを好きになったからそうなったということ。銀座は擬似恋愛を楽しめる場所なの」
「そうなんですか。では、ママも…」
「もちろんよ。生涯お色気なしの人生なんてつまらないわ。自分の人生はきれいに彩らなくちゃ」
「うかがっていいですか。このノートで言うと、どなたと?」
蘭は売上が今の20倍あった頃のノートを指差した。百合沙ママが店を始めた頃だ。
「三好様。忘れもしない。愛したお方。スマートな遊び方をされてたわ。お金はうなるほどお持ちだったけれど、とても上品にお金を動かされて…」
“したことがない行為”への興味

百合沙ママの経験も苦労話も、言葉ひとつ漏らさずに聞き取り、蘭なりに解釈した。ケイのアパートを出て、今はワンルームの小奇麗な寮に一人暮らしだ。業界のことを勉強する時間はたっぷり取れる。
店に出る前の昼下がりはノート作りに精を出した。新規の客を連れて来てくれそうな男性、きれいなアフターをしてくれそうな男性。
名簿に書き入れながらふと谷田部を思い出す。蘭より30歳年上の経営者。父親のように甘えさせてくれる。
貿易会社を経営しているので、見知らぬ国について観光情報も経済状況も文化も教えてくれる。高校の頃の授業より何倍も楽しい。百合沙ママは谷田部をVIP客と言うが確かにその通りだ。
「抱かれてみてもいいんじゃない?」
意味深にうながす百合沙ママの顔が浮かぶ。谷田部は別れた妻の間に二人の息子がいる。
今度長男を店に連れて来たいと言っているのに、そんな関係になれるわけがない。食事とドライブだけで充分だ。蘭にはまだ覚悟はなかった。
蘭には、恋人がいない。セックスも茨木にいる頃、高校の同級生の亮一と数回した程度だ。亮一とは付き合ったわけでもなく、嫌いではないから寝たというレベルだ。
“したことがない行為”に興味があっただけ。今では店の客に酔った勢いで言い寄られてもすべて断っている。
「大人のセックスってどんな感じ?」
紺色の遮光カーテンを閉め、蘭は着ているものを全部脱いでみた。部屋の真ん中にある姿見に全身を映す。
20代最後の身体。千絵ほどではないがほどよく張りがあるバスト。男の経験が少ない薄桃色の乳首。左右に張り出した骨盤。その腰骨を両手でなぞる。器のような骨の中で子宮が守られている。命を生み出す器官。
息が熱くなる。蘭は鏡の前に座り込み、両脚を大きく広げる。じっと脚の間を見つめる。子宮に続く不思議な入り口。
「不思議…。この入口を男の人が目指すなんて。グロテスクな形なのに。谷田部さんにこんなもの見せたくない」
そっと人差し指を潜りこませてみる。3センチほど。あたたかい粘液が指にまとわりつく。
「ママも昔は、ここを使って、恋愛したのかな」
力を込めて人差し指を奥にすすめる。
「あっ…」
子宮を守っていた骨々が心なしか緩んだ気がした。
百合沙ママが蘭を専務に任命したことを発表すると予想通り、反発派と取り入り派に分かれた。
一番古い千絵はあからさまに嫌味を言うようになった。マリカやスミレなど若手は蘭に一目置き、リスペクトするようになった。
「私達も蘭さんみたいに30歳までにのし上がりたいです!いいお客さん、バリバリゲットします!」
「だめよ、お客様にゲットなんて言葉使っちゃ。そこの捉え方をひっくり返さないと、心から楽しんでもらえないわよ」
年下の子に説教するなんて恥ずかしいと思いながらも後輩を育てるため、ひとつずつ言葉に出して教えてゆく。
一カ月後、谷田部からアフターの誘いがあった。閉店後、専務就任のお祝いをしてくれると言う。
蘭は鏡の前で脚を開いた時のことを思い浮かべる。百合沙ママが進めてくれたように抱かれてもいい、年上の谷田部に。人差し指の先がぬめりをおびている。谷田部を迎え入れる自分を想像した。
銀座には、仕事を終えたホステスのための癒やし空間が所々に点在する。
夜中でも上等のネタを握ってくれる寿司屋。オーガニック素材の野菜を8種類のドレッシングで食べさせてくれる個室レストラン。そしてアフターの客のための落ち着いた照明のバー。
お互いの顔が見えるか見えないかというほど照明を落としている。21時にオープンする店もある。朝までゆっくり食事を楽しめる。
夜が始まる頃、夜真っ盛り、そして夜がふける頃。銀座の夜は多様な世界を持っている。
谷田部は接待のあとによく使う店が10店ある。そのうちのひとつ、”アカシアの雨”に連れて行ってくれた。
カウンターバーのようだが店の奥に個室が2つあり、和食のコースを出す。茶漬けだけでも出してくれる。茶漬けの上にのせる魚は板前がその朝、築地で決める。その日は鯛だった。
蘭は茶漬けをねだった。
「おいしい。お店にいる時はお客さん全員に気を配ったり、楽しそうに飲まなくちゃいけないから、つねに緊張してるんです。こんな静かなお部屋でお茶漬け食べることができると、逆立っていた気持ちが落ち着く…」
「そりゃよかった。今晩はお祝いだから、鯛がいいなと思ってたからラッキーだ。蘭、君は幸運な人生を歩むね」
「あの、谷田部さん。お願いがあります」
「なに?」
蘭は自ら男を誘うなど考えてもいなかった。今まで何人もの客にくどかれたが、しなやかに逃げていた。谷田部は特別だ。百合咲ママの推薦もある。
「朝まで一緒にいてください。ピタッと身体をくっつけて」
銀座のオンナの挑戦
谷田部はうつむいて、フフっと笑う。
「江ノ島ドライブにでも誘うような軽い誘いかただな。それは、その、そういうことか?」
蘭は食後の緑茶をすすり、コクリと頭を動かす。蘭の頬にかかった黒髪を谷田部は指ですくい上げ、そっと額にくちづけた。
会員制のホテル、黒いスーツ姿のスタッフが仰々しい角度のお辞儀で谷田部を出迎える。
「30分後にオー・ブリオンを持ってきてくれないか。南のフルーツと一緒に」
「かしこまりました。お届けいたします」
蘭は日比谷にある高級ホテルのレストランには行ったことがあるが、泊まったことはない。デイステイで着替えに使うのは銀座のビジネスホテルだ。
「谷田部さん、こちらの会員なんですか」
胸の中で「すごいー」と唱えた。その言葉は褒め言葉のボキャブラリーがない女と思われるのでママから禁止されている。
「ああ、クライアントを泊めたりするのに使うんだ。自分も時々…」
「谷田部さんも泊まるんですか?都内にすてきなおうちがおありなのに」
「朝になると海が見えるぞ」
谷田部が話をそらしたのをいぶかしく思う。
大理石の床の上に裸足で立つ。ツンと冷たい。レインシャワーのスイッチをひねると心地よく温かい湯が全身を包み込む。
客とホテルにいる。ホステスにはよくあるシーンだろうが蘭は緊張していた。並み居る誘いは断り続け、谷田部を自ら誘ったのだ。
バスローブを羽織り、部屋の真ん中にドシリと据えてあるキングサイズのベッドに向かう。谷田部がシーツにくるまってワインを飲んでいる。
「いいワインが来たぞ。先に飲んでる」
「ええ、私もいただきます」
フワッとした香りが口の中に拡がる。
「まろやか…それ以上の言葉が見つからない。おいしいです」
「僕に口移しで飲ませてくれ」
蘭はものおじせず、オー・ブリオンを口紅を落とした口に含んだ。
広すぎるベッドの上で、蘭はされるがままになった。身体中のくぼんでいる部分に谷田部の厚い唇が這いまわる。目を閉じて、快感に集中した。
「あああ、皮膚の表面ってこんなに感じるんですね」
「蘭ちゃん、意外に経験ないみたいだな。その恥じらいはまさか演技ってわけじゃないだろう」
「演技なんてしてません。こういうことに…とても疎かったんです」
「銀座のホステスなのに?」
谷田部の首に腕を回し、頬にキスしながら蘭は尋ねた。
「ホステスはみんなお客さんとこういう関係になると思われますか?」
「みんなではないかな…3割位はそうなるんじゃないか。純粋な恋愛も含めると」
「じゃあ、私は7割から3割にまさにシフトするところです」
「ははは。アフターまで持ち込んだら、せいぜいゴルフに付き合ってもらうまでが限度と言う社長仲間もいる。那須に泊まりがけでゴルフに行っても何もなかったというやつもいる。僕も高級クラブのホステスさんとはスマートに遊ぶのがいいと思ってる。でも…僕はついてる」
谷田部は嬉しそうに蘭を抱きしめ、ゆっくりと蘭の膝を割り開いた。父親の年の谷田部に「女」を教えてもらった夜だった。
翌週、雨が続き、客の入りが悪い日が続いた。ホステスたちは各自、メールや電話で馴染みの客を店に誘う。蘭は谷田部にワンギリコールの着信を入れた。いつもすぐに折り返しの電話がかかってくる。
「今夜、いらしてください。お会いしたいの」
「蘭ちゃん、悪い。経営者仲間で飲んでるんだけど、石井社長の行きつけのクラブに連れてこられてさ、ちょっと抜けられないなあ」
電話の後ろでムーディーな音楽と、ホステスたちの笑い声が聞こえている。
「じゃあ、明日はうちにしてね。石井社長様も連れて来てください」
「ああ」
そっけない返事で電話が切れる。蘭の寂しそうな様子に気づき、百合沙ママがヒソヒソ声で話しかける。
「一夜共にすると、のめり込んで通う殿方と、トーンダウンする殿方に分かれるわ。あまり心配しないで。よくよく観察してみなさい」
その時、ロッカールームでマリカが泣いているから来てくれと呼ばれた。
ピンクの花柄のドレスを着たマリカがしゃくりあげている。頬は溶けたマスカラで黒いシミができている。こんな泣き方ができるのも若さの象徴だと蘭はうらやましく思った。
「マリカちゃん、何があったの」
背中に手を置いてやさしく問う。
自信喪失と学び
「太田さん、太田さんに誘われて…。お笑い系でおもしろい人なんで、まあいいかなと思って…ホテル行ったんです。そのことうっかりここで口にしたんです。そしたら千絵さんにめっちゃ怒られて。化粧品の瓶、投げつけられたんです」
「千絵さんのお客さんじゃないわよね?」
「でも。でも千絵さん、若い頃、太田さんと前にいた店で仲良くなって付き合ってたんですって」
「でも今は、千絵さんを指名しないじゃない」
「千絵さんとは一度別れたから、ほかのスタッフと遊ぶって…だから私をくどいてきてたんです」
「ひどいわね、太田さん」
その時、髪の毛を振り乱した千絵がロッカールームに戻ってきた。あいかわらずゆっくりした動作だ。
「むしゃくしゃするわ。マリカだけが悪いんじゃないけど。男って無神経な生き物だわ」
「千絵さん…」
蘭は千絵を見つめた。
「何?憐れんでる?あんただって、うぶなふりしてるだけで枕してんじゃない?こっそりと」
「そういう話、お店でしないでください」
「マリカはいいわよねえ。まだ21歳。お肌もムッチムチ。おっぱいもすごい。太田さん前から言ってたわ。20代のセックスしなれてない未開発の娘としたいって。お前はもうおばはんだって言われたのよ。最低男でしょ。なんであんな男と付き合ったのか、自分が悔しい」
百合沙ママが、氷がたっぷりはいったアイスコーヒーを4つ持って部屋に入ってきた。
「おいしい珈琲つくったわ。香り立つ特性アイスコーヒー。豆から挽いたのよ。これ飲んで落ち着きましょう」
蘭はホッとした。ここをどう取り繕うか考えを巡らせていたが、どうしていいかわからなかったのだ。
「千絵、銀座で長いあいだこの仕事していると、汚い男も見えてくるものよ。マリカちゃん、好奇心旺盛の時期だもの、しょうがないわ。でもセックスは本当に好きになってからしたほうがいい。あなた、大学に彼氏いるじゃない」
蘭は驚く。そうだったのか。ママはなんでも知っている。
「ごめん、マリカ。私、大人げなかった。あやまる」
千絵がポツっと言う。アイス珈琲で落ち着いたのか。
「太田様には今日の諍いのことをお話してお店には来てもらわないようとりはからうわ」
「うわ、出禁!? マジで?」
涙で落ちたマスカラをティッシュでぬぐいながらマリカが目をパチクリした。
「マリカはセックス禁止よ」
千絵が泣き止んだマリカを睨む。蘭は男のずるさと女のたくましさを垣間見た。この仕事は日々、蘭を賢くさせてくれる。
マリカの事件があり、谷田部の事を忘れていたが谷田部は結局一月顔を見せなかった。蘭は電話ではなくメールを入れてみる。
「いついらしてもらえますか」
「ベトナム出張が続いてるから落ち着いたら」
そのやり取りが三度続いた頃、蘭は失望する光景を見てしまった。
並木通りの高級宝石店の前に谷田部のクワトロが停まっている。店からあきらかに蘭と同じ業種と思われる、髪をアップにまとめた女の腰に手を回した谷田部が出てきた。
蘭は気づかれぬよう、顔を伏せる。二人はクワトロに乗り込む。あの獣が唸るような重厚音とともに、クワトロが消える。
「打てば響く?反応がいい?そんなことを言ってた。私、一度あんな関係になってから、会ってもらえなくなったのは反応が悪かったから?かわいい奴と思われなかった?」
蘭は急に自信をなくしてしまった。
デパートの前にある大型書店で「ハウツーセックス」なる本を買い漁る。こればかりは百合咲ママに教えてもらうわけにはいかない。もちろん千絵にも聞ける内容ではない。己の力で磨いていかねばならない。
蘭は、セックスの知識を書物から吸収していった。そして試したくなった。
「百合沙ママ、お願いがあります。森田会長のアフター受けたら、そういうことになっていいでしょうか」
百合咲ママは、首をかしげながら遠くの窓を見た。
「谷田部様はよそのお店に行かれてしまったものね。何が原因かはっきりさせるのには、いいお相手ね。でも持病がおありだから、最後までできるかどうかはわからないわよ」
飲食とマッサージチェーン、ビーナスグループのトップ、森田は腹回りが大きく、あきらかに美食家の運動不足体型だった。
谷田部と同じく、蘭に目をかけてくれ、来店するたびにスタッフ全員に気が効いたプレゼントを持参するという気前がいい客だ。
蘭は一代で財を築いた森田を尊敬の眼差しで見ていた。自分を抱いてくれる相手に森田を選んでもいいはずだ。
⇒【NEXT】時田は返事をせず、窓のカーテンを閉めて、蘭をベッドの上に横たわらせる。蘭が枕元に置いた本の1章をめくる。(【後編】恋愛とセックスのかけ算/27歳 椿の場合)
あらすじ
主人公・蘭は銀座のクラブで働いて半年、三幸貿易の社長・谷田部と江ノ島にフレンチトーストを食べに行くだけのデートをしている。セックスはなし。
そんなある日、尊敬するクラブのママから会社の専務になって欲しいと言われる。そして、セックスをする相手までも決めさせて欲しいと告げられた。