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【後編】恋愛とセックスのかけ算/35歳 鈴香の場合
タバコの香りのキス

繁華街から15分歩く。酔っているから寒さを感じない。
10部屋ほどの小さな集合住宅。部屋の横についている錆びた郵便受けの中に置いてある鍵でリョウが部屋を開ける。
若い男の匂いが漂う。外観は古びた建物なのに部屋の中はきれいにリフォームされ、片付いている。几帳面な家主だ。
「エアコンもあるし、思ったよりきれい……寒いからつけるね」
鈴香はエアコンのリモコンを手に取る。
「ああ、まじめな後輩なんだ。美容師になって2年目。今日は彼女のとこ行ってるからここ使っていいらしい」
リョウがいきなり肩を抱き、キスをしようとしてきた。
「シャワー浴びてくんなきゃイヤ。初めて会ったのに。先にきれいにしてきて」
リョウがデへっと舌を出して風呂場に向かう。5分も経たないうちに腰にちっこいタオルを巻いて出てくる。
鈴香が入れ替わりに風呂場に行こうとすると腕をグっと掴まれた。
「いいよ。そのままで。スズちゃんの匂い、いい感じだし」
タバコの香りのキスだった。上等だ。人の香りがしない。
鈴香の耳がリョウの両手で塞がれ、キスの音が頭に中に響く。
チュチュ。チュパ。ツツツッ。鈴香の中心に泉が湧き出る。トクトクと。
数分間、男と舌を絡めるだけで準備万端になる鈴香のうつわ。
その場が楽しければそれでいい。嫌なことがすっ飛んでしまうくらい気持ちよければそれでいい。
鈴香にとって男は長く付き合って愛し合う相手ではなく、気力回復のエステのようなものだ。
リョウが腰に巻いたタオルを取り、ねだる。
「スズちゃん……舐めて……」
立っているリョウの足元にしゃがみこみ、角度をつけ始めたそれをそっと手に取り、口に含む。
鈴香の口の中でそれが生き物のように上顎をつつく。
「いい感じ。すげえいい感じ」
リョウがまた鈴香の耳を塞ぐ。ジュルル、チュッチュと舐めあげる音が頭の中でこだまする。
淫靡な唾液の音が鈴香の発情のスイッチを入れる。
その時、頭に浮かんだ。洋子と純次もこんなことをしているのだろうか。郊外のあの家で。
鈴香は、浮かび上がった妄想をかき消すように、小さな生き物を責め続けた。
リョウが舐められながら、うっとりしている。いきなり鈴香の耳を上に引っ張った。
「うっ」
生き物が鈴香の口の中にトロリとしたものを吐き出す。
「やべえ、ごめん」
鈴香はティッシュで頬をぬぐいながら笑う。
「私も気持ちよくしてよ」
細いパイプ製のベッドで全裸で横たわる。誰のベッドでもかまわない。自分がいい感じになればそれでいい。
リョウが鈴香の乳首を吸い上げ、下腹部に向かってくちびるをずり降ろしてくる。
ヘソあたりにたどりついた時、鈴香は欲しくてたまらなくなる。
鈴香は膝を開いたり閉じたりして、自分で感じやすい方へ腰をずらす。男を受け入れる角度は大事だ。
いい気分になるためには、女も動かなければならない。女がじっとしていて、男ばかりに動かせるセックスは10代のやり方だ。
30をすぎれば、絶頂に到達するかしないかは女の経験と心構えにかかっている。
男に頼り切るセックスなんかしてはいけない。がっかりするのはいつも女。
薄い茂みを割ってリョウの舌先が鈴香の一番ジュクジュクしている窪みに到達する。
「ああん……じらさないで。はやく来て」
リョウが体制を整えて、鈴香に入ってこようと試みる。
しかし、入り口に先端をプチャっと押し付けるだけで、一向に突き刺す気配がない。
何度か柔らかい皮膚を押し付けられて鈴香はじらされる。なんだ、この柔らかい物体は。いいかげん、はいって来てほしい。
「リョウ、はやくってば……」
「わりい……さっきイッたばかりだから固くなんない……」
鈴香はげんなりした。
「何それ? 自分ばっかいい感じになって……」
かわいい仔犬
「休憩しよう」
鈴香が起き上がって気分を替えようとする。二人で裸のまま薄い毛布にくるまってインスタントコーヒーを飲む。
毛布からいい香りがする。かわいい仔犬の匂い。リョウは照れ笑いしながらくだらないことを喋っている。
その時、玄関の薄いドアを誰かがトントン叩く。
「せんぱーい。終わってますか? 入れてくださいよー」
「ミツルだ。なんだよ、今頃」
リョウがTシャツとパンツを身に着けてドアを開ける。
「お前、彼女んちに泊まるんじゃ?」
「大喧嘩っすよ。追い出されました。夜中だし、行くとこないし。先輩、もう終わってます?」
チラリと部屋の奥を覗く。鈴香と目が合う。
「どうも」
毛布にくるまった鈴香が軽く会釈をする。想像通りの好みの青年。部屋の持ち主はもろに鈴香のタイプだった。
学生と言ってもわからない若々しい顔のつくり。やさしげなアーチを描く眉。背が高く、細マッチョの身体つき。子犬の匂いの男。
「すんません、帰ってきちゃって」
「いいですよ。だって、あなたの……ミツルくん? の家なんだし。リョウさん、もう遅いから私、ここに泊めてもらう。つうか、リョウさんは奥さんとこ帰りなさいよ。朝帰りはまずいんでしょ」
「え?」
「わかってるよ。嘘ついてもバレバレ。部屋が散らかってるなんて、嘘っしょ。妻持ちの言い訳」
「チェ。バレてたか……。じゃあ帰るわ。ミツル、あとよろしく。明日、店、遅刻すんなよ」
ミツルがきょとんとしている。展開を把握できていない。
鈴香は毛布にくるまったまま立ち上がり、もう一杯インスタントコーヒーを入れ始める。
「この湯沸かし器、すぐお湯沸くのね。コンパクトで便利ね」
「……はあ」
「ミツルくん、泊めてくれるよね」
「……はあ。じゃあ、僕、テーブルの横で寝るんでベッドどうぞ」
「いいじゃない。寒いから一緒にベッドで寝よう。はい。コーヒーできたよ。冷蔵庫にあったミルク入れる?」
ミツルが首を横に振る。かわいらしい。やはり子犬だ。
湯気がたつマグカップ。手のひらをあたためるようにミツルは珈琲をすする。
「私、寝る前にこれ飲むと、寝付き悪くなるのよ。カフェインだもんね。ちょっと話さない?」
鈴香はあいかわらず毛布にくるまった姿勢だ。
「あの、シャツとジャージ貸しましょうか」
ミツルが安っぽい箱からしわくちゃのTシャツを取り出そうとする。
ミツルの背中を見て、鈴香の中でまたマッチに火がついた。鈴香はベッドに腰掛け、毛布を脱ぎ捨てる。
ミツルがあわてて目を逸らす。
「これ、着てください。洗濯してあるんで」
「ミツルくん、さっきね、リョウさんとしてないのよ。できなかったんだ。だから……なんか私、煮え切らない気分なの……」
「……はあ? ……」
服を着ていない鈴香が、ベッドに座りながら立てた膝を30センチほど開ける。
さっきじらされた部分がミツルを誘うように口を開く。
「言ったでしょ。寒いから一緒に寝ようって」
鈴香が右手を差し出して手招きする。
ミツルは呪文をとなえられて魔法にかかった子犬のように一点を見つめてフラフラと鈴香に手繰り寄せられていく。
一糸まとわぬ女が自分のベッドで手招きをしているなど夢にちがいない。ミツルはそんなことを考える。
先輩が持ち帰った女を先輩は放り出していなくなった。
そんなうまい話があるか? 罠じゃないか。
ドッキリカメラだろう。どこかに隠しカメラがあるんだ。明日、店に行ったら同僚たちに爆笑されるに違いない。
リョウは忘年会などで大掛かりないたずらをする奴だ。目の前にいる裸の女は仕掛けられたプロの女のはずだ。
時給で派遣されたのかな。ミツルはあれやこれや考えようとする。
鈴香はうるんだ瞳でミツルを見つめて静かに笑っている。きれいな形のバストだ。
乳首がピンク色で、ピョンと飛び出てくわえやすそうな形をしている。膝の間から茂みがチラッと見え隠れする。
どうなってる? あの部分は。見てみたい、あの奥を。触ってみたいこの指で。
ミツルの彼女のエリカのあの部分は脱毛しているのでツルツルだ。目の前の女の……あの部分はエリカとどう違う?
ミツルは、瞬きもせずに鈴香に近寄る。スローモーションの中の葛藤。戸惑い。
鈴香の伸ばした指先にミツルの手が触れる。
このまま溶けてしまいたい
スローモーションの再生画像が一気に高速回転にスイッチする。
ミツルは鈴香を自分のベッドに押し倒し、くちづける。手は鈴香の盛り上がったバストを強く揉む。揉みやすい形。ほどよい大きさ。
人差し指と中指の間から立った乳首が顔を出す。その乳首を指の股でキュっと挟みこむ。
「ん、あん……いい。感じるわ」
鈴香がうす目をあけてうつろな瞳になる。ミツルの股間はここぞと言うばかりに膨れ上がる。
パンツをそそくさと脱ぐ。レアなそれが鈴香の太腿に当たってくる。ぬめりとした先っちょの感触。鈴香も充分ぬめっている。
「ミツルくん、もう、準備万端じゃない」
「なんすか、これ。僕の寝床に裸の女がいるなんて……夢でしょう。これ」
耳と頬を真っ赤にしている。少年の顔立ちのミツルはうぶでかわいらしい。
「夢かどうかたしかめよう」
鈴香は待ちきれない。リョウに途中で中断され、一度萎えた芯がまた蘇っている。
なんでもいい。埋めてほしかった。さっき感じた渇望を。
「来て。来て。来て。はやく。すぐに来て」
鈴香は待ちきれずミツルの生のモノをつかみ、茂みの間に誘導した。
一瞬、飢えた虫食花が獲物を絡め取るようにかぶりつく。
「うわあああああっ。なんだ……ここは……」
思わずミツルは声をあげる。初めて味わう感触だった。
これまで5人の女と寝ているが、こんなぬめっていて奥の方に吸い込まれることはなかった。
エリカも好きモノだが、こんなヴァキューム力はない。
入れているというより、飲み込まれそうな勢い。
鈴香の中がグニュグニュと自分のモノに食らいつき、溶かそうとしている。
いい気分だ。このまま溶けてしまいたい。あたたかい。
まとわりついている溶液はモノを溶かす劇薬なのだ。ミツルは夢の世界にいた。
ミツルの尻を鈴香の両手が覆い、自分に向かってギュギュっと押し付ける。
ミツルは自分で主導権が取れない。動いているのではなく鈴香に動かされ、虫食花の奥に吸い込まれつつある。
どのくらい浸っていたのだろう。鈴香はミツルを仰向けにし、上になった。
ミツルの手を自分の乳房に置き、腰を急激に動かす。溶けかかっていたミツルのものが限界に達する。
「ううう、おぉぉぉ、やめてくれ」
ミツルが乳房を握りしめたまま顔をしかめる。鈴香も満たされる。
童顔のわりにたくましいモノが鈴香の中でビクンビクンと暴れまわる。
当たる。当たる。女の身体の中にある筒壺のあちこちに。
「当たる……いいとこに当たってる……ミツルくん、最高にいい当たりかた……」
鈴香がドンっと腰を下ろした衝撃で二人の密着着した世界が溶けて流れた。
そのまま眠りに落ちた。狭いベッドで二人は胸のあたたかさを感じ合いながらコンコンと眠った。
鈴香は夢の中で洋子と純次がかさなりあっている姿を見つけた。
洋子は女神のようにやさしい顔をしている。いいのだ。
これまで父に愛されてこなかった洋子が女としてやっと幸せになるなら、反対などしなくていいのだ。
夜明けに目が冷めた。ミツルも一緒に起きてきた。二人で熱めのシャワーを浴びる。
ミツルが鈴香を背中から抱きしめる。
「こんなエッチ、はじめてで、生まれ変わった気分だ……鈴香さん……また、会ってくれる?」
「彼女がいるくせに」
鈴香が振り向き、意地悪そうに言う。
「私が何者かもわからないでしょ。リョウさんにバーでナンパされたビッチよ」
ミツルはクビを振って否定する。
「じゃあ、お互い自己紹介しよう。どこに住んでて、どんな生活してて……とか」
風呂場から出てまたインスタントコーヒーを飲み、チョコクッキーをかじる。窓の外がそろそろ明るくなってきている。
鈴香は昨日、リョウと出会う前に起こった実家での理解不能な出来事を淡々と話し始めた。
ミツルは立膝をしてマジ顔で聞いてくれている。話し終えた時、ポツンと口を開いた。
「僕、おかあさんを応援したいな。長い間、寂しくてしかたなかったんだよ」
「応援?」
「反対することなんてないよ。プロセスがどうであれ、結果オーライならいいじゃない」
窓から朝日が射し込んだ。ミツルの頬に真っ直ぐな光が射す。
「鈴香さん、アパレルの仕事なら、週末、服選んでよ。僕、センスなくてお客さんにいつも突っ込まれてる。リョウさんは、ダメ出しするけど好みが違うから、リョウさんのすすめる服は着れないし。リョウさん、ロックっぽいしさ。」
ミツルの着ているシャツの胸元を見た。青い亀の下手なイラスト。
「スッポンじゃないよ?」という文字が描いてある。
「たしかに、センスない。こんなシャツ着て歩いてるの?」
笑い合いながら二人はまた重なった。
薄らいでいく悲壮感
週末、ふたりはショッピングに出かけた。
リョウには付き合い始めたことを隠しておこうということにした。
さすがに先輩が失敗した女と付き合うのは変な噂のまとになる。
「インに着るシャツはプレゼントするから、アウターで表現すればいいのよ。着回しがきく、色と素材ね。素材は大事よ。質感でその人のスタイルが滲み出るからね」
「むずかしいこと言うなあ。じゃあ、鈴香さんの髪型は僕にまかせて。家でカットしてあげる。サイドがもっさりしすぎでしょ。色も少し明るくしたほうが似合うよ」
軽くディスり合いながらも、お互いの確立した世界観はくずさない。
鈴香はミツルと過ごす時間を重ねるうちに、結婚に対する悲壮感が薄らいでくるのを感じた。
デザインの仕事にもいい影響が出るようになった。これまでにないくずしたラインを描けるようになった。
遊び心のあるデザインになったと上司や取引先にも褒められる。
パタンナーとの打ち合わせのあと、野口が声をかけてきた。
「スズちゃん、最近、いい感じじゃん。俺といいことしたからじゃないか?」
にんまり笑う野口の胸にげんこつをチョンと当てながら笑った。
「ううん、違う。あの日はノグさんより、そのあとで食べた飲茶のほうが美味しかったわ。でもそのあとで、飲茶よりずっとおいしい彼を見つけたの」
野口はあっけにとられて、頭を掻いた。
「ノグさん、モデルのマイケルが、ノグさんのこと好きって言ってたよ。一度お茶してあげてよ」
「俺はそっちじゃないよ。ストレートなんだけどな」
「イケメンカップル、絵になるわよ」
ウインクして、事務所を出る。
鈴香は明るくなっていた。今度実家に帰る時に、ミツルを連れてゆくことにしている。
うさぎのピン
洋子はミツルが来たことを心から喜んでくれた。娘が彼氏を家に連れてくるなど想像すらしていなかったのだ。
家は昔のように掃除がゆきとどき、塵ひとつ落ちていなかった。
いたるところにカラフルな花が飾られ、母の心境を物語っている。
子供の頃作ってもらっていたかわいらしいオードブルが並んでいる。
プチトマトとチーズのピンチョスにはうさぎのピンが刺さっている。
「かあさん、もう、小学生じゃないんだから、こんなかわいくまとめなくてもいいでしょう。お誕生会みたいね」
鈴香が笑う。ミツルも楽しそうにピンチョスを頬張る。純次は、日々の母との暮らしが穏やかだと語る。
「それでね、スズちゃん、私、パートで働き始めたのよ。小橋バス停のとこにある果物屋さん。あそこでジュースバーみたいなの始まったの。でね、パート募集してたの」
「へえ、いいじゃない。毎日、ジュース作ってるのね。健康的。」
純次が言う。
「僕の給料だけじゃ贅沢もできないから、容子さんに働かせて悪いなとは思うんですけど」
「何言ってるの。純次さん。はやくお金貯めて、工場の近くに引っ越しましょうね。ここからだと通勤大変ですもの」
本当にこんな母を見たことがない。
自分で働いて稼ぐという選択肢がまったくなかった人なのに、目的があると、ここまで変わるものなのか。
「あなた達はいつ結婚するの? かあさんはもう離婚してるから、来年には純次さんと結婚するのよ」
「そうなのね、結婚するんだ……。うちらは、そこまで……」
チラリとミツルの顔を見る。相変わらず少年のような幼い顔をしてからあげをほおばっている。
とても結婚など言い出す風貌ではない。
突然のプロポーズと寂しすぎた過去
ミツルが急に食べる手を止める。
「おかあさん、僕が正社員になれたら結婚したいと思ってます!」
中学の生徒会長候補演説のような口調で、ミツルが声を張り上げる。
「はい? ミツルくん、そうなの? そんなこと思ってるの?」
鈴香が尋ねる。
「僕、正社員試験受けるんだよ。ガチで勉強してるし、夜も残って実技練習してるから大丈夫。パーマもかけれる。でも正社員って言ったって、鈴香さんより稼げないかもしれない。なんせ青山のバリバリのデザイナーさんだから……」
なぜか鈴香の目から涙がこぼれ落ちてきた。
どうしようもない親たちを見ていて、結婚なんかしたって幸せになれない、不幸の種を宿すのが結婚だと考えてきたのに。
いざ、言われてみると、身体が宙に舞い上がったような気分になる。
恋愛を斜めの角度から眺めていた意地悪な自分が恥ずかしくなった。
洋子は神妙な顔つきで答える。
「とうさんのこと、すごく憎んでた。家のこと、子供のこと顧りみないで仕事と女遊びに明け暮れて。結婚なんて地獄だって」
純次が洋子の手をにぎる。その動作があまりに自然だった。
「純次さんと一緒にいて、過去をさらけ出して言うことにしたの。何が一番辛かったんだろうって。とうさんが家事をやってくれなかったことなんかじゃない。ほかの女と寝たことじゃないって、言葉に出しているうちに分かってきたの」
「何が一番辛かったの?」
「私のことを女として扱わなかったこと。子供は二人産んだけど、それで用済み。いたわったり、癒やしてくれる人じゃなかった。耕平と鈴香を育てることで存在感を見出そうとしたけど、難しかった。寂しすぎたの。あなたたちが巣立ってからは余計にそう。心は死んでた……」
うつむく母の背中を純次がやさしくさする。
純次が話し始める。
はじめての笑い声
「部長、あなたのおとうさん……はたしかに洋子さんにとってはひどい人でした。でも、この年になってわかってきたそうです。洋子さんの病んでゆく様子を見ながら、どうすればいいか悩み抜いたと。女としての幸せを与えてやりたいと……今更ながら」
「だからと言って、元部下にその役目を?」
ミツルが鈴香の言葉を制した。
「鈴香さん、最後まで聞こう」
「私は独身の頃、洋子さんに憧れていましたから。時々、こちらに部長を送ってきた時にお会いして。巡り巡って、洋子さんを部長からいただいた形になりました」
「とうさんも、奇想天外なことするわよね」
「だから出世されたんですよ。会社でも素晴らしいパフォーマーでした。人が考えないような奇策を次々打ち出して、完遂する。男も女も社員皆がついてゆきたいと思うかたでした。我々の世界では浮気癖は大目に見るとこがありましたし……。時代もバブル期でしたし」
静まり返った食卓で、ミツルがワントーン高い声をあげた。
「いいじゃないですか。プロセスはどうであれ。結果オーライ。おかあさんは、とても幸せそうだし、純次さんも再就職できたわけだし」
容子が顔をあげる。
「そうね、結果オーライ」
鈴香は気を取り直した。ミツルに感謝だ。
「蒲田に住むってのも楽しそう。物価安いし、おいしそうな居酒屋たくさんありそう」
「餃子も有名だよ。羽つき餃子」
「かあさん、繁華街近くに住んだことないから楽しみなの」
純次が小さな声で言葉をはさむ。
「でも……映画の……シンゴジラで、駅前がゴジラにやられてしまい……」
皆が爆笑する。この家の歴史でこんな笑い声があがったのはおそらく初めてだ。
鈴香はただただ嬉しかった。ミツルと純次の出現を奇跡だと思った。
帰り道、駅に続く街路樹がライトアップされてきれいだった。数歩前を歩くミツルに話かけた。
「ミツルくん、プロポーズしてくれて、ありがと。うちの親たちの失敗したことを教訓に、家族つくろう」
ミツルは聞こえなかったのか、何も答えなかった。
「鈴香さん、僕もスズちゃんって呼びたいな。おかあさんがそう呼んでるから」
幼い顔立ちがちょっとだけ大人に見えた。
END
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あらすじ
主人公・鈴香は、環境のいい場所とうたわれる主婦たちの憧れ、郊外の住宅地で育った。
しかし、鈴香の高校時代に商社マンの父が浮気をしたり愛人をつくったりして、その頃から母は大きな声で怒鳴り散らしたり、物を投げるようになった。
そんな母をほっとけなくて、今でもたまに実家に帰っている生活。ある日、会社の仲が良い先輩・野口と残業中に関係を持ったが…