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官能小説 コスメの魔法をもう一度〜彩耶の場合〜


プロローグ

『大丈夫、僕ときみは数年後もここに一緒にいるよ』

 熱のこもったあたたかい繋いだ手を忘れることができないまま、別れた。
学生時代から5年付き合っていた……彼と。

***

第一章

「もう二年なんだけどな」

こんな風に寒い夜に呟くのは、後悔しているからだ、と気が付いてきた。

そろそろ結婚の文字もちらつき始める29歳。
幼馴染が子育てを始めたとか、続けて届く結婚式の招待状とか。
心静かにさせてくれない“結婚適齢期”のいやな風が吹き始めた。

 なんとなく誘われ参加した合コンがハズレだったのか、妙な焦りが生まれた。
少しでも男性ウケを良く、とヘアスタイルは前髪ありのストレートロング、服装は合コンに行けるコンサバ系を意識した。
が、研究不足なのか、垢抜けしていないのか……やや野暮ったい気がする。

 マッチングアプリや合コンへの参加を繰り返してきた私。
もう何度目の不発だろう。
スタイルは悪くないほう(だと思う)し、人並みに正しく生きてきたはず。
なのに、将来をこの人と共にしよう、と思える出会いはまだ訪れていない。

***

いつも通り、大して盛り上がらず早々に解散となった合コンの帰り。
そろそろイルミネーションが綺麗な時期だと思ったが、その通りだった。
冬の都会の町並みは、ひどく美しい。
そんな煌びやかな通りで、ショーウインドーに並ぶ可愛らしいパッケージのコスメを見つけた私は、思わず足を止めた。

久しぶりに感じる、胸がときめく感覚。
しかし、反射したガラスに自分の姿が並ぶように映って、気分が落ちた。

「やっぱり、なんか……変」

昔から割と遊んできたほうだ。
自分にはそこそこ自信もあったはずなのに、ここ最近の度重なる不発で、美意識も、自信も持てなくなった私がそこにいた。

きらきらと光るショーウィンドーの前を、足早に通り過ぎた。
私には、どうせ似合わない。

濁った思いを胸の奥に押し込んだ。

第二章

「今頃は二次会かな」

夜遅い時間の電車内は、とても静かだ。
今日の合コンで作られたグループトークを開いてみても、新着メッセージはない。

(これからもずっと、メッセージなんて来ないんだろうな)

 もうかなり前から、出会いを求めて。
それでも、少し前まで自分は選ぶ側だと思っていた。

でも、そうじゃない。

「私、選ばれてはいないんだ……誰にも」

窓の外を見つめる彩耶

空いている座席にも座らず、ドアのそばに立ったままぼんやりと外を見つめていた時、自分が降りるべき駅に着いたらしいアナウンスが聞こえた。

慌てて飛び降りたせいで足を捻って、おろしたてのベージュのパンプスに黒い汚れが浮かんだ。

 踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。

 きれいなお月様が、ゆるく歪む。歪んで零れ落ちて、私は指先で目元を拭った。
アイメイクが崩れないか心配になったが、もう今夜は全部終わったのだ。

 寂しいけど、明日に向かえるように自分で立ち直るしかない。

 「わたしはいつになったら良い恋愛ができるの…」

 月を見上げて呟いたとき、小さな鳴き声がした。
見ると、小柄な黒猫がちょこんと手足を揃えて座っている。
いつも通る、何の変哲もない公園だ。

黒猫がにゃあ、と鳴き声を上げた。

「ごめんね、あなたが食べられるものは持ってないの」と告げるも、黒猫はとことことついてくる。
困ったな、と振り返った。

「うちでは、飼えないから、ね?」

――あれ?立ち止まった猫の足元に、小さめの本のようなものが転がっている。

「なに、これ……」
「にゃあ」

 やたらと光って見えるそれは、まるで魔導書のようにも見える。
猫は私の目をじっと見つめたかと思うと、颯爽とその場を去って行った。

 体が勝手に動いて、本を拾い上げる。
そして……そっと開いてみる。

すると、次々と小さな光の粒が夜空に飛び散り、5つの光の環になった。
一つ一つの環の中に、かわいい瓶や、ケースが見える。

「な、なに、これ……?」

 やがて5つの光は形となって、手元にふわりと降りてきた。

両手で抱えてまじまじと見つめる。
これは……コスメ?

ショーウィンドーで見かけたあのコスメを見た時のようなワクワク感。
それが胸をいっぱいに満たす。
非現実的で不思議な出来事なのに、恐怖感は一切なくて。

なぜか、夜空がやけにまぶしく見えた。

第三章

 朝日がまばゆく射し込んでくる朝。
わたしは毛布に潜り込んだ。

「何時……」と潜り込んで、はっとする。
危ない、二度寝するところだった……!

 勢いよくカーテンを開けた。
ベッドサイドには昨日のコスメが、昨日の出来事は夢じゃないよ、と語りかけるように並んでいる。

(これ……貰ってもよかったのかな。昨日は勢いで持ってきちゃったけど)

 でも、私は間違いなく見たのだ。
本から、5つの光が浮かんだ瞬間を。
そしてそれがゆっくりと形になって、コスメになったすべてを。

「これも……何かの縁、よね」

言い聞かせるように呟き、並んだコスメに手を伸ばした。

***

ロッカールームで支度を済ませて、社内用バッグを下げて執務室に入る。
「おはようございます」と席に着いた所で、同僚がやってきた。

「ねえ、もしかして今日、デート?」
「え?」

「いつもと雰囲気違うから。香水?すごくいい香り!」

同僚は私が返事するより先に、さっさと自席に戻っていってしまった。

デート?香水?
……もしかして。あの魔法のコスメ?

***

 それからというもの、私はあの魔法のコスメたちを次々と活用していった。

香水の『リビドー』、ヘアオイルの『ナデテ』、リップグロスの『ヌレヌレ』……。

ボディジェルの『プエラリア・ハーバルジェル』でボディケアも入念にするようになったし、なんだか前向きな気持ちでいられる日が増えた気がする。
ふと思い立ち、久しぶりにマッチングアプリの写真とプロフィールを見直すことにした。

つくづく、私は自分のステータスになるような条件ばかりを求めていたんだな、と思う。
人として、ではなく、付属品として。
自分自身の価値を相手で上げようとしていたのかもしれない。

これからは、自分の価値は自分で上げよう。

想い合える相手と出会うために。

第四章

 あれから数日後。

職場のロッカー室で、鞄に潜ませていた『恋粉』をシュッと振りかける。
これは顔にも使えるボディパウダーらしく、肌がサラサラになるお気に入りのコスメだ。

今日はこれから、アプリで出会った男性と初めて会う。
プロフィールを新しくしてから初めてマッチングをした彼には、一目で不思議な縁を感じた。

だからこそ、うまくいくといいな、と思う。
でも以前のように気負いすることはなかった。

もう、下を向いて自信をなくすことはない。
コスメたちが上を向かせてくれるから。

***

 実際に会った彼は、写真よりずっと爽やかで、端正な顔立ちに優しさが滲む好青年だった。
逆詐欺だ、これは……。
こんなこともあるんだ、と驚いた。

 彼が選んでくれたお店も、とても素敵な雰囲気だった。

 ワインも美味しい。
何より話がとても楽しくて、次も会いたいと思った。

「あの……」

店を後にして、そろそろ解散かな、というタイミング。
彼がほんのりワインに染まった顔をこちらに向ける。

「すごく良い香りがして、何だろう?と思ってたんですけど。今隣に並んで気付きました。もしかして、橘さんの香りですか?」
「あ、そう、かもしれません」

「なんていうか、すごく……好きです」

向けられたのは、なんとも言えない、愛おしそうな柔らかい笑顔。
すぐにはっとした様子で「香りが!ですね、すみません!」と慌てる彼を見て、胸の奥でときめきが弾けた。

くすくすと笑う私を見て、彼が咳ばらいをする。

「また、お会いできませんか?」

差し出された手に、恭しく触れる。
まるで初恋が叶った少女のような気持ちで。

はい、と頷いた瞬間、何かが溶けていくような気がした。

繋いだ手は、今までで一番暖かかった。

END

マジカルコレクション2024

あらすじ

橘彩耶 29歳。

積極的に飲み会に行ったり、マッチングアプリも使っていろんな人に会ってきたけど、ダメ男に引っかかったりとなかなかいい恋愛ができないでいる。
そろそろ真実の愛を見つけたい、と今日も一人ため息をつく。

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亜麻寺優
亜麻寺優
TLと星占いが大好き。男女双方の視点から書くのが売りで…
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