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官能小説【前編】溺愛彼氏に言えないヒミツ


隠している感情

★作品について
この作品は、小説サイト「ムーンライトノベルズ」と合同で開催した、「ラブグッズで熱く感じる小説コンテスト」のLC賞作品です。

住む場所があって、ご飯に困らなくて、お仕事があって――大好きな人が彼氏になった。
私は幸せだから、不穏な感情は隠しておかなければいけない。

「華妃(はなき)、こっちにおいで」

この春から付き合うことになった藍人(あいと)くんが呼んでいた。躊躇いなくするりと伸ばされた手を掴むと、藍人くんは私を守るように車道側へと回る。

「ありがとう、藍人くん」
「華妃はすぐ考え事をしてしまうから。何回も呼んだのに気づいてくれないなんて、せっかく一緒にいるのに寂しいな」
「ご、ごめん……」

隣を見上げれば穏やかに微笑む藍人くんがいて、これが夢のような気がしてしまう。

大学時代に知り合って、ずっと憧れだった藍人くん。私よりも身長が高くて脚がすらりと長いから、今日の白パンツコーデはよく似合っている。一度も染めたことがないと恥ずかしそうに話していた髪の毛は、色素が薄いのか光にあたれば茶色にきらきら輝いてとても綺麗。

端正で甘めな顔立ちが口元を緩ませれば、太陽よりも眩しいほどに格好いい。
大学時代から抱えた片思いが実ったことは嬉しかったけれど、こんな素敵な人が隣を歩いているなんて信じられなくて、私は一生分の運を使ってしまったのかもしれない。

「ここ、段差があるから気を付けて」

藍人くんは外見だけじゃなくて、中身も紳士だ。一部の人に『王子様』と呼ばれていたのはこういったふるまいも理由だと思う。大学時代からそうだった。誰にでも優しくて、周りをよく見ていて――完璧すぎる、人。これを私が独りじめしているなんて、やっぱり夢みたい。

「ほら、また。考え事してる」
「あ……」
「もう着くよ、華妃が来たがっていた美術館」

今日のデート地は美術館。付き合ってから何度もデートを重ねてきたけれど、どうしても緊張してしまう。この美術館の展示は気になっていたけれど、繋いだ手の温度によって私は落ち着いて見ていられないのだろう。

きっと周りの人たちも、『王子様』のような藍人くんの手が私に向けられていることに驚くに違いない。私はルックスよくないし、性格だってドジが多くてぼんやりしている。藍人くんには不釣り合いだと思われても仕方ない。私だってそれはわかっている。

でも、こんな私だとわかっていても、藍人くんのことがずっと好きだった。大学生の頃から片思いをして、こうして付き合うことができた。ハッピーエンドで終わる王子様とお姫様の童話のように、想いが通じ合う奇跡を味わっている。

でも、時々考えてしまう。ハッピーエンドのその先は。シンデレラや白雪姫は王子様と結ばれて終わるけれど、結ばれただけで終わらないのが現実というもので。

「美術館に入る前に――今日の華妃、可愛いよ。そのワンピース似合ってる」

想いが通じても繋いだ手はずっと熱い。その熱は、童話を越えたところに繋がっている。

「あとで独り占めさせて、ね?」

鼓膜をくすぐる、私だけに向けられた囁き。それは、これから見るだろう美術館の展示さえ霞んでしまいそうなほどに甘いのに――私の心がそれじゃ足りないと寂しさを抱く。

それはハッピーエンドの先にある秘密。ずぶずぶと疼く感情は『王子様』に相応しくない。
こんな不穏ではしたない感情は隠さなければならない。今が幸せなのだから。

美術館を出て、藍人くんの車に乗りこんで――向かう先はひとつ。手だけでは足りないと飢えたように肌を重ねる。何度も肌を重ねても、慣れないことばかりで。整った顔に触れることも、唇を重ねることも。甘美な色を浮かべた双眸に肌を晒すことさえ恥ずかしくてたまらない。彼を、独り占めしている。私だけ見ることのできる藍人くんの姿。

「……っ、華妃」

律動と共に落ちる汗が、愛されているのだと体に染みこんでいく。

「かわいいよ、僕だけの華妃、っ」
「ん、そこは……ぁ」

突き上げられるたびに体が甘く痺れる。藍人くんに酔ってしまったかのように呂律が回らなくて、情けない声しかあげることができない。与えられる快楽に屈して、はしたなく開いた脚を閉じるような力は忘れてしまった。でも――どうしてだろう。頭の奥は冷静で、むしろ別のものを求めている。

「華妃、もう……」

この時間の終焉を告げるように切ない声が落ちた。それに一抹の寂しさを抱いてしまう。
藍人くんと肌を重ねることが嫌だとか、不満があるとか。そういうものはない。むしろ夜まで完璧なのだと思う。

けれどそれでは足りなくて。覆いかぶさった彼が、押さえつけるように私の手を握りしめた。絡め合った指先まで伝わる荒々しい重み。その力強さに、ずっと飢えていた私の秘密が悦んだ。

「そ、れ……っ、ぁ」

もっと。そういうものが欲しくて。優しい藍人くんも好き。でもそれじゃ足りない。
体だけじゃなくて頭まで溶かされて、何も考えられなくなるぐらいに。辱めて、私をぐちゃぐちゃにしてほしい。

熱の行き先を探るように律動が急いて、私も藍人くんも混ざり合っていく。
頭の奥は置いてけぼりで、体は昇りつめて――『もっと辱めてほしい』なんて恥ずかしい欲望に蓋をして、荒い呼吸がひとたび止まる。奥深くに刺しこまれた藍人くんのものが大きく震えた。そして。絡み合った指先は解けて、私の頭を優しく撫でる。

「……好きだよ」
「私も藍人くんが好き、です」
「『です』は、いらないよ」
「でも……」
「華妃は僕の彼女なんだから敬語なんて必要ないんだよ。本当なら『藍人』って呼んでほしいぐらい。でも、もう少し慣れるまで我慢しておく」

甘く囁かれた言葉は紳士的で、あの荒々しさはどこにもない。藍人くんに抱かれる、彼女になれた。それだけで私は幸せ。これで幸せ。寂しそうに疼いた欲望に言い聞かせるように、心の中で呟いた。

体がとろけて

「ねえ、これ見て」

平日の昼休み。同僚たちとご飯を食べていると、一人がファッション雑誌を取り出した。雑誌の表紙には『夏先取り水着特集』と書かれている。同僚もその水着特集を目当てに雑誌を買ったらしい。

「華妃も彼氏ができたんでしょ?海とか行くんじゃない」
「え……うーん、どうかな……」
「水着買っておいた方がいいかもよ。噂の王子様彼氏だって、実は水着大好きな趣味があるかもしれないでしょ?」
「そんな趣味あるのかなあ……」

参考にしたら、と雑誌を手渡される。私は同僚ほどファッションや水着に興味はなくて、気乗りしないままぱらぱらとページを捲った。ファッション、コスメ、それから――隅の方にある『恋人お悩み相談コーナー』の文字が目に入って手を止めた。じっくり読みたい。けれど同僚たちがいるところで見るわけにはいかない。

「この雑誌、一日だけ借りてもいい?」

おそるおそる聞くと、同僚はにっかりと笑って答えた。

「いいよー!華妃がそういう雑誌を読むなんて珍しいじゃん。彼氏ができた影響でオシャレに目覚めちゃった?」
「……そ、そうかも」
「水着買いにいく時は教えてね。うちも一緒に買いにいくから!」

本当は水着に興味はないし、オシャレに目覚めてもいない。気になるのはそれじゃなくて、『恋人お悩み相談コーナー』に載っていた写真。男性器を模して歪な形をしたそれが瞼に焼き付いて離れない。嘘をついた罪悪感なんて気にならないほどそのページが気になっていた。

仕事が終わって自宅に戻ると、すぐに雑誌を開いた。『恋人お悩み相談コーナー』では同年代女性からのセックスに満足できないという悩みが投稿されていた。その内容は私の抱えているものとは違っているので共感はできなかったけれど、それに対する雑誌編集部の一文が私の興味を引いた。

『そういう時はラブグッズでマンネリ回避。いつもの夜をステップアップさせるかも』

そういうものがあることは知っていた。大学の頃に男の子たちが話していたのを聞いていたし、ブティックホテルの自販機にあるのも見たことがある。でも使ったことはない。

あの歪な形状はどんな風に動くのだろう。私の体をどんな風にかき回すのだろう。それは機械でしか試せない荒々しさを持っていて、私が求めるものに近いのではないか。

それを持っていることが藍人くんに知られてしまえば、エッチな女だと思われてしまうかもしれない。せっかく実った恋を終わらせたくない。けれど、一度でいいから使ってみたい。隠し続けている辱められたいという欲望と好奇心は抑えられなかった。

数日経って届いたものを前にして、息を呑んだ。バイブと呼ばれたそれは実物を見れば、もっと男性器に近い形をしていた。可愛らしい水色をしている癖にスイッチを入れてみればうねうねと動いて生々しい。

挿入後の男性器がどのように動いているかなんて感覚しかわからなくて、このように視覚で捉えるとは思っていなかった。男性器を捩るようにした動きは荒々しく、名の通りかき回すに近い。

私の中でも藍人くんのものがこのように動いているのだろうか。こんな太いもので内壁をえぐるように動くのだとしたら。想像して、頭の奥が疼いた。じわりと濡れた秘部に下着が張りついて心地が悪く、触れてほしいとばかりにそこが感覚を研ぎ澄ませていた。指を伸ばしかけて、カーテンに目をやる。箱を開ける前にも見たけれど、改めて確認すれば自慰行為への後ろめたさを振り払えるのではないかと思った。

「……ん、っ」

下着越しに待ち震えていた陰核を触れば、ぴりと甘く体が痺れた。藍人くんに触れられた時と同じようで、でも違う。指先に残る湿度は、自ら触れているのだと報せるようだった。

頭に浮かぶのは藍人くんだ。私の体を組み敷いて、抵抗なんてできないぐらいに押さえつけられたい。与えられる刺激に腰が引けそうになっても、そんな逃げ道もないぐらいに奪ってほしい。

それから、それから。
今まで抑えていた欲望を解き放つように、想像する。喘ぐ隙もないぐらいに唇を奪ってほしい。きっと私はこみあげる恥ずかしさに耐えきれず『いやだ』と口にするかもしれない。でも、藍人くんの唇でも昂ぶったものでもいいから、荒々しいもので塞いでほしい。

妄想と合わせるようにバイブに舌を這わせる。それはひやりと冷たくて、藍人くんのものとは明らかに違う。藍人くんのものと似ているけれど違うものが、私の中に入るとしたら――その背徳感が、私の頭を酔わせていく。口を塞がれて苦しそうにする私に藍人くんはなんて言うのだろう。こんな淫らな体を罵ってほしい。罰を与えるように私の秘部を辱めてほしい。

「っは……ぁ、」

現実と妄想がごちゃごちゃに混ざっていく。陰核を擦る指先は私の意思と関係なく快楽を貪っていて、濡れてぴたりと貼りついた下着は、はっきりと形を浮き上がらせていた。

もどかしいとばかりに下着をずらして、濡れた淫口に指を挿れる。人差し指に伝わる圧迫感と湿度。これでは足りないと私がねだっても、妄想の中のいじわるな藍人くんは焦らすかもしれない。悪い子だねと笑って、それから――。

唾液を絡めて濡れたバイブを陰部に押し当てる。藍人くんと違う、冷ややかなモノ。自分で挿れるなんてできるのだろうかと一瞬ほど考えてしまったけれど、つぷりと水音を立てて押し入るそれが私の思考を奪った。

男性器を模した形が秘肉をかきわけて奥へと進む。その身を奥までおさめてみれば、バイブの根元についていた突起が陰核に当たった。そして、スイッチを入れる。

「ひゃ、え、なにこれ……っ」

その動きは私の想像を超えていた。振動音と共に体の中でうねうねと動き回る。内壁を押しのけて生じるそれはびくびくと体が震えてしまうほどに気持ちいい。中だけではなく、陰核に添えられたものも振動し、体の弱いところばかりを責められているような錯覚を生んだ。

こんな風に責められたら、何も考えられなくなる。声を出してしまいそうになって慌ててTシャツの襟元を噛む。

「っ……ふ、……」

隠し続けていた秘密

官能小説挿絵:バイブを使って自分を苛めるように一人エッチをする女性

自らバイブを動かすと、抽送に合わせて押し殺せない吐息が漏れる。淫猥な水音を響かせるほどそこは潤っていて、きっと藍人くんは私を罰してくれるだろう。みだらな子だと叱って荒々しく私を戒めてくれるに違いない。弱いところをすべて押さえつけて、身動きの取れないほど愛して、ぐちゃぐちゃにされたい。すっかり夢中になって貪る手は止められない。動かせば動かすほどに頭が痺れて、体がとろけて――。

「んぅ……っ……」

快楽が体を駆けあがって、頂点にたどりつく。隠し続けていた秘密が悦ぶように体ががくがくと震えた。Tシャツの襟元についた歯型は、これほど刺激に耐えていたのだと視覚化されているようで、私はなんてはしたない子だと嗤っているようだった。ぐったりと疲れた体は満足しているようで、でも物足りない。

自分で触れるのと触れられるのは大きく違っていて、あの妄想のように藍人くんに愛されたならと考えてしまう。こうして機械を咥えこんでいるところを藍人くんに見られたのなら、私はどうなってしまうのだろう。

ラブグッズを買ってしまったことは藍人くんに内緒だ。この秘密は隠し通さないといけない。
藍人くんと会うのはいつもより緊張した。機械を挿れただけなのに罪悪感があって、まともに顔を見ることができない。

「今日の華妃は、いつもと違うね」

今日は少し遠くの海岸までドライブの予定だった。高速道路に乗って目指す道中、藍人くんが口を開いた。

「ち、違うって……?」
「なんだろう。色気がある、のかな。ちょっとエッチな感じがする」

藍人くんは「いつもと違う服装のせいかもしれないけど」と付け足して笑った。私はというと、ラブグッズでの自慰行為を思い出してしまって、うまく答えられない。隠さなきゃいけないんだから、しっかりしなきゃ。そう言い聞かせても朝からぼんやりしてしまっている。

「新しい服買ったんだ?」
「うん。似合う?」
「僕は好きだよ。華妃は何を着ても合うけど、今日の服装もいい。華妃はスカートが似合うね」

そうしているうちに、車の速度が少しずつ落ちていく。前を走っていた車のブレーキランプが光って、それから――

「……珍しいね。渋滞だ」

困った、と藍人くんがため息をつく。車はゆるゆると走っては止まってを繰り返し、渋滞から抜け出すことはできなくなっていた。

「着くのが遅くなっちゃうね」
「大丈夫だよ。のんびり行こう」
「そうだね。もう少し進んだら高速の降り口があるから、そこで下に降りてもいいかもね」

最寄りのインターチェンジやパーキングエリアまでの距離が看板に書かれている。近いのはパーキングエリアだけど、このペースなら到着するのにまだかかりそうだった。

呼んでくれるのは、いつ?

「それで、華妃はいつ『藍人』って言ってくれるのかな?」
「え、っと……善処します」
「ふふ。その困った顔がかわいいね」

私だって『藍人』と呼んでみたい。けれどその勇気はでなくて、長く片思いをしてきたせいで癖のように染みついている。想像はしたことがあるのだ。二人で車に乗っている時、デートして歩いている時。それから――あの体にしがみついて『藍人』と甘え声をあげてみたい。

不埒な妄想が浮かんでしまって押さえつけていた『秘密』が呼応する。ずくずくと疼いて、体の芯を熱くさせた。こんな風にいじわるに『困った顔がかわいい』なんて言われたらきっと。デートに集中しなきゃという気持ちを無視して、妄想してしまう。抑えなきゃ、忘れなきゃ。こんなはしたない『秘密』は隠さなきゃいけないのに。

「僕と会う時、華妃はいつも緊張しているでしょ?せっかくのデートなんだからリラックスしてほしいな」
「そう……だね」
「今日の華妃は少し違うね。考え事ばかりで上の空だ。何か、悩みや隠しごとでもある?」

鼓膜を揺らすその単語。藍人くんがこちらを見た時の双眸の鋭さは私を責めているようで、答えに詰まってしまう。『そんなことはないよ』と言いたいのに、うまく声にならなくて。そのうちに、前方の車が動いた。ゆるゆると低速で進み、藍人くんもフロントガラスに視線を移す。

「……怒っているわけじゃないよ。誰にだってひとつぐらい隠しごとはあるもので、上の空になる日だってある」

前方の車との距離を詰めるべく、私たちの車もゆっくり動きだす。それと同じような速度で、いつもより低い声音で藍人くんが言葉を紡いだ。

「でも僕は華妃が好きで、華妃がどんなことを考えているのか知りたいんだ。僕に言えることなら教えてよ」
「そ、れは……」
「うーん、渋るなあ。じゃあこうしたらどうかな。僕が隠していることと交換にするのはどうだろう」
「あ!藍人くんの秘密は知りたい!」
「こういう時の反応は早いんだね。でも内緒、華妃が教えてくれなきゃだめだよ」

王子様のような藍人くんにも隠しごとがあるのだろうか。ちょっと想像がつかないかもしれない。

「……この渋滞、なかなか進まないね」

藍人くんがため息をついた。ゆるゆると進むものの渋滞の終わりは見えてこない。スマートフォンで調べてみるとこの渋滞の原因は、先にある合流ポイントで混雑しているらしい。まだまだ時間がかかりそうだ。のんびり行こうなんて言っておきながら、私は焦りだしていた。問題があった。というか気づいてしまったのだ。

「まだ……かかる、よね?」

今日は遠出をすると前もってわかっていたのに、会う前にお手洗いに行くのを忘れていた。朝からぼんやりとしていたので、高速道路に乗るということさえ頭から抜け落ちていたのだ。

いつもよりぴったりと足を閉じて座るけれど、一度気づいてしまえば振り払えない。いい大人にもなってトイレを我慢しているなんて、こんなの恥ずかしい。せっかくのデートなのに、台無しだ。

「うん?何かあった?」
「な、なんでもない……」
「……ふぅん?」

これも藍人くんに気づかれないようにしなきゃ。パーキングエリアが近づいているので寄り道を提案したいけれど、この渋滞ペースならいつ到着になるかわからない。

「何か辛そうだね?」
「そんなことないよ!大丈夫……」
「そうかな。ねえ、華妃――」

車が止まって動かないのをいいことに、するりと藍人くんの手が伸びる。それはぴったりと閉じた太腿を優しく撫でた。

「――っ、」
「ああ、ごめんね。華妃のスカートがかわいいから、つい触れちゃった」

触れられた瞬間に驚いてしまって、我慢しなきゃと強張らせていた体が緩む。唇を噛み締めて耐える私の心中も知らず、藍人くんは続ける。

「ねえ、さっきの話をしようよ。華妃はいつも何を考えているの?何か『秘密』があるの?」
「……ない、けど」
「嘘だよね。教えてくれないなら、」

我慢しようともじもじ合わせていた太腿に、再び藍人くんの指先が落ちる。甘やかなものではなく、私を困らせるためのものだ。

「ぁ、その、脚に……」

くるくると円を描いて踊る指先は、私をからかっている。頭の奥が疼いて、けれど尿意も我慢しなきゃいけなくて。思考はぐちゃぐちゃだ。
お手洗いに行きたいと言って藍人くんに呆れられたくないし、隠している『秘密』だって言えない。ぜんぶ耐えなきゃ――もう一度強く唇を噛み締めたところで指先が離れていった。見れば藍人くんがくすくすと笑っていた。

「王子様」はおしまい

「ごめん、少しからかいすぎた。次のパーキングエリアに入ってちょっと休憩する?」
「……うん」

少しずつ車が動きだして、パーキングエリアの入り口が見えてくる。緑色の看板が近づくにつれて、この辛い状況から解き放たれるのだと安堵した。お手洗いから戻って、車に乗りこむ。どうやら渋滞は解消されつつあるらしく、先ほどよりも走りやすくなったようだ。

それでも気分が晴れない。パーキングエリアに入ることを提案したのは藍人くんで、もしかすると私がトイレに行きたいのを我慢しているのだと気づかれてしまったのかもしれない。恥ずかしさと自分への情けなさで気持ちはどん底だ。

ラブグッズに耽った日から頭はぼんやりして、今日だっていつもより上の空だと言われているのだ。こんな状態の私と一緒にいて藍人くんは楽しめるのだろうか。

「藍人くん、あの……」

助手席のサイドミラーをちらりと見る。映りこんでいた私の表情は暗くて、こんなんじゃ藍人くんの隣に並ぶことさえ許されないだろう。『辱められたい』というはしたない願望を隠して、だけど車内で私をいじめるようにくるくると踊った指先が忘れられない。あの時のいじわるな藍人くんを求めて、やっぱり気持ちがふわふわとして落ち着かない。沈んだ表情の私を見かねてか、藍人くんが口を開く。

「今日は帰る?」

寂しそうな声音に後ろ髪をひかれながらも私は頷いた。
こんな気持ちじゃだめ。もっと隠さないと。藍人くんに嫌われたくないから。
帰りの車内はお互いに口数が少なくて、ここまで静かなデートは付き合ってから初めてだったかもしれない。途中で帰ると言いだしたことで藍人くんが怒っているのかと思ったけれど、こちらを見ることもからかうこともなく、横顔を窺うだけではどんな感情を秘めているのかわからない。私は……嫌われてしまったんだろうか。帰ることを選んだのは私のくせに後悔してしまう。

「……着いたよ」

マンションの前で車が停まる。いつもならここで降りて「またね」と別れの挨拶を交わすけれど、今日は車を降りるのが怖い。このまま降りてしまったら藍人くんとの関係が終わってしまいそうな、最悪の想像が思考を占めている。何も言いだせず、立ち上がることさえできず。そんな私に、藍人くんがぽつりと呟いた。

「ごめんね」

予想もしていなかった、謝罪の言葉。
慌てて振り返れば、藍人くんは辛そうに顔を歪めていた。

「どうして藍人くんが謝るの?」
「ほら、渋滞の時。実は、華妃がトイレを我慢しているのかもしれないって気づいたんだ。だからいじわるをしてしまったけど……それで華妃に嫌われてしまったかなって」

嫌ってなんていないのに。むしろ嫌われたくないのは私なのに。
いじわるだって本当はされたい。もっと辱めてほしいと思っているのに。

「それだけじゃない。華妃はよく考えごとをするだろう?思っていることや隠していることがあるのかなと思っていたんだ。それが知りたくて、何度も聞きだそうとした」
「そんな……っ」
「華妃が好きだよ。だから嫌われるようなことをしてごめん」

そこで藍人くんの表情がいつもの穏やかなものに戻る。ふわりと微笑んで、言葉を続けた。

「また連絡するね」

車を降りていいよ、という意味もあったのだろう。けれどその意味が伝わっても私は車を降りず、それどころか普段より冷えた手を掴んでいた。

見つかった大人のオモチャ

「待って」
「華妃?」
「もう少しだけ話をさせてほしいの。だから私の部屋に、来て」

いつか藍人くんが家に来るかもしれないと考えつつも、今日はないだろうと油断して掃除をおろそかにしていたのが恥ずかしい。リビングテーブルは、今朝慌てて家を出ましたと言わんばかりに小物で散らかっていた。それをささっと片付けながら、淹れたてのコーヒーを置く。

「華妃の部屋、初めてだからちょっと緊張するよ」

家賃が安いからと借りた部屋は狭めのワンルーム。ソファとテーブルにシングルサイズのベッドを置いただけで圧迫感がある。一人暮らしなら問題はないけれど、こうして二人いると部屋の狭さが目立ってしまう。

「狭くてごめんね」
「そんなことないよ。華妃らしい部屋だと思う。シンプルだけど女の子らしさが残ってる」

本当は藍人くんの隣に座りたかったけれど、部屋に合わせて小さなラブソファを置いているのでぎゅうぎゅう詰めになってしまう。どうしようか迷いながらベッドに腰かけると、藍人くんが言った。

「……それで、話って?」
「さっきの車での話のこと……なんだけど」

ちゃんと気持ちを伝えたい。藍人くんをまっすぐ見つめて、想いを告げる。

「藍人くんを嫌いになるなんてことないの。私の方こそごめんなさい。今日ずっとぼんやりしていたから……」
「それを聞いて安心した。でもせっかくのデートに上の空だった理由までは教えてくれないんだ?」
「それは――」

それを口にすることは躊躇ってしまう。言ってしまえば、今度は私の方が相手に嫌われてしまったのではないかと心配することになってしまう。でも言わなければこの場を収めることはできなくて。どうしようかと迷っていたけれど、先に口を開いたのは藍人くんだった。

「言いたくないならいいよ。でも、ひとつだけ教えて」

くすくすと笑うように緩む口元。そしてゆっくりと動く藍人くんの指先が示す、もの。

「そ・れ・、華妃のもの?」

向けられた場所はあろうことかベッドの下。確か衣装ケースが一つと寝る前に読んでいた本や雑誌を置いていたはず――そこで思い出す。私はアレをどこにしまったのだろうか。まさか、とおそるおそる覗きこめば。

「こっ!こ、これは……!」
「おとなのおもちゃ、ってやつだよね?」

藍人くんが部屋にあがることはないだろうとそのまま置いていたのがよくなかった。ベッドの下の薄暗い中でも男性器の形をした水色のバイブは目立ってしまう。

「ち、ちがうの!こ、これはちがう、から!」
「へえ……華妃、顔が真っ赤だよ」

【NEXT】⇒ まさかこんな形で見つかってしまうなんて…(溺愛彼氏に言えないヒミツ 後編)

あらすじ

彼は見た目も中身もまるで「王子様」。
そんな彼に嫌われたくなくて、『もっと辱めてほしい』なんて恥ずかしい欲望に蓋をしていた。
友人のススメで買ったバイブレーターでひとりHをすると、色っぽくなったと彼に言われて…

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