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官能小説 冷徹な同期は底なしの愛を乞う


冷徹な同期は底なしの愛を乞う

窓を叩く激しい雨音が、会議室の重苦しい沈黙を強調していた。

「――以上の理由から、本プロジェクトのリーダーは、幸村君にお願いすることにした」

部長の非情な宣告が、美咲の鼓膜を震わせた。
膝の上で拳を固く握りしめ、掌に食い込むネイルの痛みで叫び出しそうな衝動を必死に繋ぎ止める。

男性社員に負けじと実績を積み上げ、誰よりもこの企画に心血を注いできた。
それなのに下された結論は「交代」という名の更迭だった。

「……部長。今回の企画は、私が半年かけて市場調査を行い、提携先との調整も全て済ませたはずです。幸村は、この件に関してはまだ把握を……」

「遠藤。君の努力は認めているよ」

部長は薄ら笑いを浮かべて言葉を遮った。
その目は美咲の実力など一ミリも見ていない。
ただ『女』という歪んだフィルター越しに、目の前にいる『遠藤美咲』を値踏みしているだけだった。

「だが、これは社運を賭けた大型案件だ。華のある女性がサポートに回る方が、相手も安心するだろうし、何かと都合もいいだろう?それに幸村なら、上手くやれるはずだ」

視線を向けられた先には、一人の男が涼しい顔で座っている。
入社以来、常に競い合ってきた美咲の同期であり、社内最年少で課長補佐に昇進した出世頭の幸村崇。

スラリとした長躯でモデルかと思わせる容姿と、冷徹なまでの仕事ぶりで「若手ナンバーワン」と称される、美咲にとって唯一無二のライバルだ。

数字も、評価も、常に拮抗していたはずだ。
けれど会社が『ここ一番』で選ぶのは、いつも彼だった。
幸村は表情を一切崩さず、どこか侮蔑の色を含んだ切れ長の瞳を部長に向けた。

「承知いたしました。精一杯務めさせていただきます」

その落ち着き払ったバリトンの声が、美咲の心に冷や水を浴びせる。

会議が解散し皆が退出していく中、屈辱で足がすくむ美咲の頭上に、温度の低い声が降ってきた。

「……なぁ」

見上げると、そこには幸村が立っていた。
勝ち誇った笑みも、同情の光もない。
ただ、深淵のような黒い瞳がじっと自分を見つめている。

「何よ」

「…………」

幸村は何も答えない。
ただ、射すくめるような視線で彼女を見つめ、僅かに目を細めただけだった。

その沈黙に耐えられず、美咲は彼を突き放すように背を向け、会議室を飛び出した。

たった一言、助けてほしいと言えば、幸村はきっと美咲の為に尽力してくれるだろう。

一見冷徹に見られがちな彼だが、実は情に厚い。
今まで何度かあった美咲の無茶な頼みは一度として断られたことがなく、そのたびに美咲は何か裏があるんじゃないかと訝しんだ。
ホテルのバーで桁の違う酒を奢らされた事はいまだに根に持っているほどだ。

エントランスを抜けると、世界は灰色に沈んでいた。
美咲は一瞬の躊躇の後、傘も差さずに雨の中へと足を踏み出した。

冷たい雫が熱を帯びた頬を容赦なく叩き、綺麗にセットしたはずの髪を無惨に解いていく。

タクシーを拾う気力すらなく、美咲はふらふらと駅に続く歩道橋へと向かった。
階段を上る足取りは重く、ヒールが水を弾く音が、雨音と共に虚しく響いていた。

「何が華よ!何がサポートよ!」

誰もいない歩道橋の上で、美咲は手すりを強く叩いた。

拳に走る鋭い痛み。
けれど、女だという理由だけで全てを無に帰された屈辱に比べれば、こんな痛みはどうでもよかった。

手すりに額を預けると雨水が首筋を伝い、肌を刺すように冷やす。
視界は雨と涙で滲み、眼下を走る車のテールランプがぼやけて流れていく。

このままこの雨に溶けて、消えてしまいたい。

誰にも見られないこの場所で、美咲は初めて折れそうな心を抱えてうなだれた。

孤独と寒さが限界に達し、指先の感覚が消えかけていた、その時。

雨音を切り裂いて、鋭いブレーキ音が響いた。
水飛沫を上げて路肩に止まったのは、見覚えのある漆黒のドイツ車。

美咲が顔を上げるより早く、運転席のドアが乱暴に開き、一人の男が傘も持たずに飛び出してきた。

大股で階段を駆け上がってくる足音。
荒い呼吸と共に現れたのは、今一番会いたくない男──幸村崇だった。

濡れることも厭わず、幸村は美咲の前に立ちはだかった。
そして、氷のように冷え切った彼女の手首を掴むと逃がさないよう、そのまま自分の胸の中へと引き寄せた。

「っ……!」

厚い胸板の熱、雨に濡れたスーツの重い感触、そして彼特有のウッディな香りが、一瞬にして美咲を包み込む。

「っ、離して……!離してってば!」

美咲は彼の胸を突き飛ばそうと、凍えた手で力なく抵抗した。
けれど、幸村の腕はびくともしない。
むしろ抱きしめる力はどんどん強まり、互いの鼓動さえ聞こえるほど密着していく。

「離すわけがないだろう。こんなところで、何を一人でくすぶっている」

「あんたには関係ない……っ、勝ち誇りに来たの!?リーダーになれて満足でしょ!?」

「いいから行くぞ。いつまでも雨に打たれてたら風邪をひく」

抵抗する気力さえ奪うような強引さで、幸村は美咲を促し、路肩に停めた車へと連れて行く。

強引に助手席へと押し込まれ、車が走り出す。

「……半年よ」

美咲は窓の外を睨みながら吐き出した。

「あの企画に賭けてきた。それをあんな理由で……悔しい。どうして私じゃダメなの?」

幸村はハンドルを握ったまま、前方を見据えて静かに告げた。

「お前の企画は完璧だった。部長たちも内心ではそれを分かっている。だからこそ、お前が『女』だというだけで、その成果を認めるのが癪でたまらないんだ。あいつらは、お前の能力ではなく、自分たちの矮小なプライドを守るために今回の決定を下したんだよ」

「どうして私、女になんて生まれたんだろう」

美咲は膝の上で拳を握りしめ、掠れた声で漏らした。

「どれだけ努力しても、どれだけ数字を出しても、最後には『女だから』で片付けられる。……ねえ、幸村。あんたには一生分からないわよ。この、根底から否定されるような絶望なんて」

幸村は車を路肩に止めると、ゆっくりと美咲に向き直った。
その瞳には、彼女の絶望を真っ向から受け止める、暗く激しい熱が宿っている。

「俺はずっと一人の人間としてお前の力を誰より認めてきた」

驚きに顔を上げた美咲の視線を、幸村は逃がさない。

規則的に点滅するハザードランプが、狭い車内を淡い赤に染めては、再び闇に沈める。

幸村がゆっくりと手を伸ばす。
大きな熱を帯びた指先が、雨に濡れて冷え切った美咲の頬を掬うように触れた。

その皮膚が触れ合った場所から、熱い電流のような衝撃が走り、美咲の呼吸が止まる。
彼はそのまま慈しむように、けれど逃がさないという確かな独占欲を持って、美咲の濡れた髪を耳にかけた。
繊細な指使いで彼女の輪郭をなぞっていく。

外を叩く雨音さえ、遠い世界の出来事のように聞こえなくなる。
ただ、幸村の大きな掌から伝わる確かな体温と、彼が放つ甘く重い圧力が、美咲の思考を真っ白に塗り潰していった。
美咲の胸の鼓動だけが、ハザードランプの赤に同期するように、激しく、痛いほどに跳ねていた。

いくら鈍感な美咲でも気づいた。

頬に触れる指先の熱が、単なる同情でもライバル心でもない『恋情』であることを悟り、美咲は彼がずっと自分に寄せていた視線の本当の意味を知った。

「……行くぞ」

低く、掠れた声。幸村の指が頬を離れ再びハンドルを握る。
美咲は彼を拒絶しようとした腕の力がふっと抜けるのを感じ、ただ熱に浮かされたように彼を見つめることしかできなかった。

***

重厚なエントランスを抜け、エレベーターの扉が静かに閉じた。
最上階へ向けて吸い込まれるように上昇し始めた瞬間、沈黙は暴力的な情熱へと塗り替えられた。

「……っ!」

背中に響く硬い衝撃と同時に、彼の唇が奪い去るような勢いで重なった。

それはキスと呼ぶにはあまりに野性的で、貪欲なものだった。
冷徹な仮面の裏で育て続けてきた渇望をすべて叩きつけるような、激しい舌の侵入。
美咲が驚きに口を開いた隙を逃さず、彼はその内側を深く、執拗に蹂躙していく。

「ん、んん……っ……!」

エレベーターが上昇する独特の浮遊感が、美咲の感覚をさらに狂わせた。

熱いキスを交わす幸村と美咲

幸村は鼻筋を擦り合わせ、溜息を吐き出す間も与えず、角度を変えて何度も何度も美咲の口内を貪った。
歯が触れ合い、互いの唾液が混じり合う。

美咲の心の中にわずかに残っていた『拒絶』の欠片が、彼の狂おしいほどの飢餓感に触れて、ドロドロに溶け出していく。

浮遊感がなくなり、やがて無機質な到着音が響くと、まもなくエレベーターの扉が開く。

幸村は美咲を抱き寄せたまま、縋り付くような足取りで廊下を突き進み、自室の鍵を抉じ開けるようにして中へとなだれ込んだ。

玄関の明かりすら点けない暗闇の中、幸村は再び美咲を壁に押し当てた。
荒い呼吸を整える間もなく、彼は美咲の耳元に唇を寄せ、響くような低く甘い声で告げた。

「俺を突き放して逃げるなら、今が最後のチャンスだぞ」

美咲の首筋に、幸村の熱い吐息が直接かかる。

「このまま続けたら、俺はもう自分を抑えられない。……いいのか?」

自分を見つめる彼の瞳は、暗闇の中で獣のように鋭い光を宿している。

美咲は震える指で、幸村のシャツの胸元をぎゅっと掴み返した。

幸村は短く喉を鳴らすと、美咲のジャケットをはぎ取る。
雨に濡れて肌に透けるほど張り付いた、美咲の白いブラウスが幸村の欲情を煽る。
その薄い布越しに熱を確かめながら、骨ばった手が胸から腰へとなぞり上げていく。

「美咲……好きだ」

焦れったいほどゆっくりと幸村はブラウスのボタンを一粒ずつ、指先の熱を彼女の肌に刻み込むように外していく。
露わになっていく鎖骨、その下の柔らかな膨らみ。美咲は、自分の『殻』が一枚ずつ剥がされ、彼の熱に浮かされていく感覚に、ただ甘い眩暈を覚えることしかできなかった。

***

リビングの床に脱ぎ捨てられた服が点々と散らばる。
寝室へと続くわずかな距離さえも我慢できないと互いの熱を求め続け、もつれ込むようにベッドに沈み込む。

彼の手が、美咲の柔らかな胸から腰の曲線へとなぞるように滑り落ちる。
雨に打たれ冷たく強張っていた美咲の肌が、その指先が通るたびに粟立ち、熱を帯びていく。

「……っ、あ……」

声にならない吐息が、重なり合う唇の隙間から零れる。
幸村の指先が、美咲の最深部――その熱が最も高く、震えている場所へと忍び寄る。
じわりと指が沈み込むたびに、濡れた粘膜が擦れる微かな音が、静寂の部屋に生々しく響いた。

幸村の動きは、焦れったいほどにゆっくりとしていた。
美咲が快楽にのけぞり、腰を浮かすたびに、彼はその逃げ場を塞ぐように体重をかけ、逃げ出すことを許さない。
無骨な感触が、美咲の意識を一点に集約させていく。

やがて、幸村が限界まで昂った自身の質量を美咲の最深部へと割り入れさせた。

「ぐ、ぅ……っ……」

内側を押し広げる熱く硬い充足感。
幸村は美咲の両手を強く握り締め、指を絡ませながら深い位置で腰を動かし始めた。

重厚なスプリングが軋む音、肌と肌が激しく密着し、離れるたびに吸い付くような水音が、二人の浅い呼吸に混ざり合う。

幸村は美咲が快感に瞳を潤ませる瞬間を見逃さず、さらに奥深くへと自身の存在を叩きつけた。
幸村の背中の筋肉が激しい動きに合わせて波打ち、浮かび上がった汗が美咲の肌へと滴り落ちる。
その雫さえも、今の美咲には自分を繋ぎ止めるための杭のように感じられた。

抗えない律動に美咲は幸村の背中に爪を立て縋り付くことしかできなかった。

絶頂へと向かう波の中、幸村は美咲の耳元に顔を寄せて言葉にならない低く掠れた唸り声を上げた。

窓の外では、まだ雨が降り続いている。
けれどこの部屋には重く、甘く、逃げ場のない熱の余韻だけが降り注いでいた。

***

翌日、プロジェクトリーダーの変更に伴う引き継ぎや、最終報告のための役員会議が始まろうとしていた。
いつも通りに出社した美咲は、幸村の姿を認めるなり重く深いため息を吐いた。

「ほんと嫌になる」

プロジェクトの資料――美咲が心血を注いで作り上げた努力の結晶を、奪われないようにと願うように胸元に強く引き寄せ、美咲は気落ちした表情を浮かべる。
昨日まで自分が主役だったはずの舞台から、強制的に降ろされる屈辱。
その準備を自分自身でしなければならない不条理に、心が悲鳴を上げていた。

そんな美咲の様子を、幸村は隣で涼しげに眺め、唇の端をわずかに吊り上げた。

「ふ、俺に任せておけ。面白いものが見れるさ」

「……何するつもり?」

美咲が怪訝そうに眉をひそめて問いかけるが、幸村はそれには答えず、ただ不敵な笑みを深めただけだった。

会議室の重厚な扉が開く。
中央に陣取る部長は、美咲が差し出した資料を、まるで自分の手柄であるかのように我が物顔で手に取った。
そして、隣の幸村に勝ち誇ったような薄笑いを向ける。

「では幸村君、プロジェクトの引き継ぎ状況は順調かね?」

「いえ。その必要はありません」

幸村の静かで重みのある声が、会議室の空気を一変させた。
彼は手元のファイルを閉じ、部長を真っ直ぐに見据えて言い放つ。

「このプロジェクトは、このまま遠藤美咲がリーダーとして進めます。私はそのサポートにまわります」

一瞬、会議室の時間が止まった。
部長の顔がみるみるうちに赤黒く染まっていく。

「……幸村君、私の判断が不服というのかね?君には期待していたんだが、まさか女一人御せないほど無能だとは思わなかったよ」

部長がドスの利いた声で圧をかけてくる。
だが、幸村は眉一つ動かさない。
それどころか、彼は楽しそうに目を細めると、そっと自分のスマートフォンを部長の目の前に滑らせた。

「そういえば部長。会議の本題に入る前に……先日、非常に興味深い『写真』を手に入れましてね」

「……何だと?」

不審げに画面を覗き込んだ部長の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
そこには部長が一生をかけてでも隠しておきたかったであろう『秘密』が鮮明に写し出されていた。

「な、これをどうして……っ!?」

狼狽え、がたがたと椅子を鳴らして立ち上がる部長。
幸村はスマートにスマートフォンを懐に収めると、極上の、けれど底知れない冷たさを湛えた笑みを浮かべた。

「リーダーは遠藤、ということでよろしいですよね?部長」

「っ……あ、ああ……。……わかった。君たちの……君たちのやりやすいようにしたまえ」

部長は力なく椅子に崩れ落ち、ハンカチで額の汗を拭うことしかできないようで、しきりに視線を彷徨わせ、ブツブツと何かを呟いていた。

***

休憩がてら二人は誰もいない非常階段へと出る。
ビル風が火照った体に心地よい。
手には祝杯をあげる為の缶コーヒー。

「……やりすぎよ、幸村。あんな写真、一体いつの間に……」

やりすぎと言いつつも美咲の表情は明るい。
朝の気落ちした様子は影もなくなり、今はスッキリとした優越感に似た心地よさだけが残っていた。

「楽しみにしておけって言っただろう?」

幸村は美咲を壁際に追い詰めると、長い指先で彼女の顎をクイと持ち上げた。
そこにあるのは、先ほどまでの冷徹な顔ではない。
美咲だけが知っている、熱を帯びた一人の男の顔だ。

「……お前の居場所は守れたわけだけど、俺に相応の『報酬』をくれてもいいんじゃないか?」

「……昨日のじゃ足りない?」

美咲が少し呆れたように、けれど潤んだ瞳で問い返すと、幸村は耳元に唇を寄せて低く熱い吐息を吹きかけた。

「足りるわけがないだろう?」

美咲は笑い、幸村のネクタイを乱暴に掴んで引き寄せた。
重なる唇は勝利の美酒よりもずっと甘く、熱かった。

幸村は満足げに目を細め、美咲の乱れた髪を指で整える。

「……さて、戻るぞ。これからますます忙しくなる」

「ええ。覚悟しておいてね。めいっぱいこき使ってやるんだから」

先を歩く幸村の広い背中を見つめる。
その頬は朱に染まり、声には甘い潤みが混じっていた。
たった一人で戦わなければならないと思っていた孤独な戦場は、もうどこにもない。
身体の芯に残る彼の熱と、この痺れるような充足感が、美咲の心を確実に変えていた。

「置いていくぞ、美咲」

「……今行くわよ」

彼女は小さく笑みをこぼすと、ヒールを高く鳴らし、愛しいパートナーの隣へと駆け寄った。
彼のスーツの袖を指先でそっと引き、誰にも聞こえない声で甘く囁く。

「ねぇ、残業はほどほどにね。……今夜は寝かせてあげないつもりだから」

その大胆な誘いに、幸村は一瞬だけ虚を突かれたように目を見開き、愛しげな熱を瞳に宿した。

「……善処する。いや、何が何でも定時で終わらせる」

そのあまりに余裕のない反応に、美咲はこらえきれずに吹き出した。

寄り添う二つの影が、光の差すオフィスへと吸い込まれていく。
その距離はもう、誰にも引き裂くことなどできないほどに近づいていた。

END

あらすじ

入社以来、競い合ってきた同期。
彼に負けたくない一心だったはずが、突然芽生えた意外な感情に…

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