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官能小説 猫


雨の匂いがアスファルトから立ち昇る、肌寒い金曜日の夜。
激務を終えた実乃梨は、マンションの裏路地で小さな命を見つけた。

段ボール箱の中で寒さに震え、か細い鳴き声を上げて必死に助けを求めている三毛猫だ。

「どうしよう……」

ペット不可の自室に連れ帰るわけにはいかない。
途方に暮れてしゃがみ込んでいると、差し込んでいた街路灯の明かりが陰る。

「風邪、ひきますよ」

振り返ると、同じ階に住む青年が大きな傘を差し掛けていた。
相馬という名前の住人だ。
すれ違いざまに会釈をする程度の仲だが、一年前に彼が越してきた際、「自宅でデザインの仕事をしているので、夜分に物音がしたらすみません」と丁寧な挨拶を受けた記憶があった。

「この子が心配で……」

実乃梨が箱の中を示すと、相馬は長い前髪の隙間から覗く穏やかな瞳を細め、静かにしゃがみ込んだ。

「うち、分譲でペット可なんです。とりあえず、俺の部屋へ」

***

相馬の部屋に入ると、ふわりと上品な紅茶の香りが漂ってきた。
自分の家と同じ間取りなのに、調度品が違うだけで全然違う印象を受け、つい物珍しさでキョロキョロとしてしまう。

間接照明が照らすリビングのソファには、すでに堂々たる体躯の茶トラ猫が陣取っていた。

「ムギ、新入りだ。いじめるなよ」

相馬が乾いたタオルで子猫を拭きながら声をかけると、先住猫は「にゃあ」と気怠げに鳴いて目を閉じた。

「子猫のお世話、慣れてるんですね」

「実家でもずっと飼ってたので」

手際よくミルクを温める彼の横顔を、実乃梨はぼんやりと見つめた。
冷え切っていた指先が、部屋の暖かさで少しずつ解けていく。

「あの、何か手伝えることは」

「じゃあ、この子を」

タオルごと渡された小さな体は、トクトクと鼓動を打っていた。
生きようとしている子猫に少しだけ涙腺が緩む。

それから、子猫の里親が見つかるまでの間、実乃梨は毎晩のように相馬の部屋を訪ねた。

キャットフードを差し入れ、哺乳瓶でミルクを飲ませる。
時には彼と一緒にソファで缶ビールを開けた。

いつしか実乃梨にとって、そこは一日の疲れを癒すための、特別な場所になっていた。

子猫に会いたいのか、それとも……。

そして、子猫が新しい家族のもとへ旅立った日の夜。

「急に、静かになっちゃいましたね」

膝の上で丸くなるムギの背中を撫でながら、実乃梨はぽつりとこぼした。

隣に座る相馬が、マグカップをローテーブルに置く。

コトン、という音が、静寂のなかでやけに響いた。

「寂しいですか」

「……少しだけ」

明日からここへ通う理由がなくなってしまったことが、何よりも悲しかった。

俯く実乃梨の頬に、温かな指先が触れる。

猫を抱っこした実乃梨の頬に手を伸ばす相馬

びくっと肩を揺らすと、すぐ目の前に相馬の顔があった。
普段のゆったりとした空気に、ほんの少しだけ熱が混じっている。

「理由がないと、駄目ですか」

「え……?」

「あの子がいなくても、来てほしい」

低く落ち着いた声が、鼓膜を優しく震わせる。

大きな手が実乃梨の後頭部に回り、ゆっくりと引き寄せられた。

膝の上のムギを起こさないよう、実乃梨はそっと目を閉じる。

重なった唇は、先ほどまで彼が飲んでいたミルクティーのように甘く、ひどく温かかった。

触れるだけの静かな口づけが、角度を変えてもう一度落ちる。

穏やかな夜。二人の距離は、猫の寝息と共に少しずつ、確かに縮まっていった。

END

あらすじ

雨の夜、拾った子猫を隣人の部屋で一緒に育てることに。
毎晩彼のもとへ通ううちに……

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