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官能小説 【前編】たった二日で、上司が婚約者になってしまった。【LCスタイル】


作品について

この作品は、小説サイト「ムーンライトノベルズ」と合同で開催した、 「妄想小説コンテスト」の優秀賞作品です。

休日出勤

土曜日の昼過ぎ。自宅でひとり、世界を救うために荷物を配達するゲームで遊んでいるとスマホが鳴った。


「緊急事態だ。休日出勤を頼みたい」


「は?」


名乗りもこちらを確認するもなく言われた言葉に私は間抜けな声を出した。


「今、家か?」


「え?ええ、まあ」


「もうすぐ着くから待ってろ」


そこで通話が切れた。


…………


え?どゆこと?


電話の相手は分かっている。私の上司、副社長である雨宮裕樹である。


私は彼の秘書をしているので声を聞き間違えることはない。彼の秘書になって二年。平日五日間は毎日彼の声を聞いているのだ。


そして今日は土曜日。ホワイト企業な我が社は、土日祝は完全にお休みである。彼の声を聞くことは決してないはずの日だった。


私は慌てて自分の手帳を取り出して確認する。緊急を要する仕事はないはずだ。緊急になりえる仕事、ギリギリな仕事もないはずである。


それに、もし部下が何かをしでかして副社長である彼が動かなければならない事態になった場合、まず私に連絡が来て、私から彼に連絡をするという流れになるはずである。スマホで着信履歴やメールを確認するが、やはり今の電話以外に連絡はない。


私を通り過ぎて直接彼に連絡が行く事態ってあるのか……?いや、最近は彼の父である社長ですら、私にまず連絡してくる状況になっている。


…………


ないな!いたずらだな!

あの男は仕事は出来るくせに子供のようないたずらをする時があるのだ。


今までも、同じ部屋にいるのに内線を鳴らしたり、トイレに立った隙にキーボードの上に絶妙のバランスでコーヒーを置いたり、こっちは仕事をしているのに私の机の周りをぐるぐる回ったり、逆にまだ向こうの仕事が終わってないのに私が帰ろうとすると一緒に帰ろうと言ってきたりと、甘やかされてきたせいかかまってちゃんなのだ。


今日も暇を持て余していたずらを思いついたのだろう。きっと今頃私が慌てふためいているのを想像して笑っているに違いない。私は手帳とスマホをしまい、再びゲームに集中した。私が道を開拓しなければ世界が滅ぶのだ、という使命感でゲームを進めていると。


ピンポーン。


チャイムが鳴った。


…………


まさかさっきの電話は本気だった……?


住所は入社時に書類を提出したので、社内を探せば出てくるだろう。しかし暇つぶしの為にわざわざ来るだろうか。


ピンポーン。


チャイムが鳴る。


それとも本当に迎えに来るほどの緊急事態だろうか。私はスマホを取り出して、副社長に電話をした。コール一回目で出る。


「なんで一人暮らしなのにオートロックじゃないんだ!?」


なんでそんなことで怒られるんだ。


「あの、副社長、どのようなご用件でしょうか。今日は土曜日ですよね」


「家にいると言ったな?とりあえずすぐ開けろ」


相変わらずの俺様である。命令し慣れている人はいつでも命令する。こんなんでも仕事は完璧な人なのである。そして上司だ。


「早く開けろ。話はそれからだ」


「……とりあえず話だけ聞きます」


私はスマホを切り、ゲームを終わらせてから玄関に向かう。


「早く開けろと……」


「何の御用でしょうか」


玄関のドアを開け、冷たい声で問う。休日だというのにスリーピースのスーツをビシッと着て、髪もしっかりセットされていた。

身長は百六十センチの私より十五センチ以上大きい。黒髪ではっきりとした顔立ちはうっとりするほど美しい。

その美しい顔を見上げて睨みつける。>副社長は私を見ると一度目を逸らしてからもう一度見た。なぜ二度見。

しかもちょっと顔を赤らめている。


「……なんか……可愛いカッコしてんな……」


あ!


そこで気付いた。


私は思いっきり休日モードで、きぐるみパジャマを着ていた。


「これ、リスか?」


副社長は玄関に体を滑りこませ、私のパジャマのフードを掴むと被せてきた。


「止めてください!要件は何ですか!さっさと話してください!」


いつも彼の前では黒スーツ姿だ。この格好は結構恥ずかしい。


「ああそうだ、緊急事態だった。その姿も惜しいが……いや、そのままでいい、ちょっと来てくれ」


「は!?」


「これ、玄関の鍵だな?」


私の反応は無視してすぐ横の棚に置いてあった鍵を掴むと、私の手を引いて外へと連れ出した。私が戸惑っている間に玄関の鍵を閉めて階段を降り始める。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 話をするだけだって言ったはずです!」


足を踏ん張ってみても体格差でずるずると引きずられる。


「話は車の中でする」


「待って、私部屋着なんですけど!サンダルなんですけど!」


「問題ない」


「エアコンつけっぱなしなんですけど!」


「特別手当を出す」


どうやら私の意思は完全に無視らしい。マンションのすぐ横に止めてあった車の助手席に押し込まれる。

まるで漫画に出てくるような王子様

車は会社所有の車ではなく、副社長自身のものだった。


「ベルトしめて」


言われてシートベルトを締める前に車は発進した。やたら静かなエンジン音の車の中で、私はため息が出ない様に気を付けながら相手を窺う。いつも私が運転して副社長が後の座席に乗っている。彼が運転をしているのを見るのは初めてかもしれない。


運転は滑らかで体が揺れることもなかった。姿勢よく無駄な動きのない姿は結構格好いい。


見た目は完璧な貴公子なんだよなぁ。入社当初は、まるで漫画に出てくるような王子様のような彼に、淡い恋心を抱いていた。


秘書課は社長や副社長と接点が多い。社内で見かければ嬉しくなったし、声を掛けられれば舞い上がった。


しかし当時、彼は恋人がいた。取引先の令嬢だった。つやつやの髪にふっくらと大きな胸。細い腰、すらりと伸びた足。


自分とは何一つ同じところがない令嬢と並んで歩く副社長。私は平凡な町娘で、王子様には手が届かないと気が付いた。


実際本人の秘書になってしまうと、それほど王子様でもないし、俺様な態度にため息の連続だ。


「それで、緊急事態とはなんですか?」


私は外の景色を見ながら訊く。


「取引先の新年会に急遽出ることになった」


「取引先?……もしかして北北西商事ですか?」


「ご名答」


北北西商事から新年会に出席しないかというお誘いは来ていたが、副社長本人が断ってくれと言ったのだ。


「出席は遠慮する旨のメールを送った覚えがあるのですが」


「親父が昨夜、北北西商事の専務とばったり居酒屋で会って意気投合したらしい。ぜひ俺も今日の新年会に出席するようにと朝連絡が来た」


「……はあ、それでなぜ私……というか、私部屋着なんですけど!?手帳もスマホも家ですけど!?」


「服はこっちで用意するから問題ない。お前は俺の隣から離れずニコニコしていればいい」


「ニコニコ……ああ」


「ご明察」


私はまたため息を吐いた。


雨宮祐樹は三十二歳。そう、そろそろ結婚してもいい歳なのである。容姿端麗で仕事は完璧で父親が社長の副社長。社内だけではなく取引先各社でも数々の女性が彼に声をかけている。気を抜くと既成事実を作ろうとする女性が群がってくる。スキャンダル回避の為、私はよくその女性たちを捌く仕事もさせられていた。


「副社長は結婚しないんですか?」


「…………したい相手はいる」


「結婚しないんですか?」


「……今は、まだ」


「そうですか」


まあ、この男なら四十を過ぎても相手には困らないだろう。彼は大学卒業後、社長補佐として入社した。当然、社長息子だからの優遇に反発はあったらしい。しかし半年もしないうちに、社長が息子だから自分に付けたのではなく、優秀だから付けたと誰もが認める有能さだったそうだ。私はその頃はまだ入社していない。


彼の指摘や助言で残業は減り、社内の雰囲気は和やかに。そして業績も上がった。性格は俺様だが気配りは出来る。社内でも副社長とは思えないほど各部署に友人がいた。大学時代は一人暮らしをしていたらしく自分のコーヒーくらいは自分で淹れるし、重要な取引先に出掛ける前は自分で靴を磨いている。
かまってちゃんが発動しなければかなりの優良物件だ。


「……お前は……結婚、しないの、か?」


ものすごい言いづらそうに尋ねられる。余計失礼だぞ。まさかあなたに恋してたこともありますとは言えない。


「しません。私は理想が高くて、現実の男には幻滅したので」


「幻滅」


「絶望したと言っても過言ではないです。あ、あくまで恋愛としての意見です。社会的に否定する気はありません」


「ぜつぼう」


「ところでどこに向かってるんですか?」


「…………すぐ着く」


迎えに来た時の勢いが半減した副社長が車を滑り込ませたのは、彼の愛用する会員制のブティックだった。

会員制のブティックで

「裕ちゃんいらっしゃーい!」


地下の駐車場からエレベーターに乗り、そのブティックに着いて迎え出てくれたのは上品な女性だった。 栗毛色の髪をうなじでお団子にしていて、ピンクベージュのスーツを着ている。年齢不詳だ。この店まで送り迎えはしたことあるけど、この女性には会ったことがなかった。


「伯母さん、裕ちゃんはやめてください」


おおっと、雨宮一族の方でしたか。


「伯母さんはやめて?」


「では紫苑さん、連絡しておいた服は問題ないですか?」


「もちろん。あとはサイズを合わせるだけよ。その子ね?」


私か!


副社長は私の背を押して紫苑さんの目の前に移動させた。


「あら可愛い!でも私、赤鼻派なのよねー」


すみません、もうひとりのリスで!しかしこの空間にこの格好は恥ずかしい。


「こ、こんにちは。宮緒環と申します……」


「聞いてるわー。裕ちゃんの伯母、雨宮紫苑です。さ、時間が無いから早速始めましょ」


紫苑さんはそう言って私の手を引くと、店の奥の小部屋に連れて行った。


小部屋にはふたりのスタッフが待機していた。部屋の中は小さなテーブルとドレスが三着掛かったハンガーラック、やたら大きい姿見があるだけだった。


「見た感じ、サイズは右の方ね。宮緒ちゃん、まずこっちの下着を身に着けてくれる?今着ているのはここのかごに入れてね」


下着!?


テーブルの上にかごに入ったブラとショーツ、スリップやストッキングがあった。戸惑っているうちにスタッフふたりが私の着ぐるみを脱がし始める。


「わああ!自分で!自分で脱ぎます!」


「ブラは見た感じアンダーは大丈夫そうね。とりあえず付けて見てくれる?」


「は、はい……」


いや私の胸こんなに大きくないですよとは言いにくい。そして私が普段付けているブラより段違いに手触りが良い。貰って帰りたい……


ブラはともかく人前でショーツを脱ぎ着するのは恥ずかしいな、と思っていたら、着ぐるみを脱いだ時点で紫苑さんとスタッフふたりはテーブルにアクセサリーを並べて話し合っていた。私は急いで下着を付け替える。


サイズは……


ショーツはともかく、やっぱりブラはちょっとカップ余ってるなぁ。私貧乳だし。このサイズ、何を思って用意されているんだろう。


「あら……ちょっと足しましょうか」


私の気配を感じて紫苑さんが振り向き、ブラを調節してくれた。パットの効果は絶大だ。


「すみません……貧乳で」


「裕ちゃんはそういうの気にしないから大丈夫よ」


「は!?」


紫苑さん、私が副社長の恋人だと思っているのだろうか。


「私と副社長はそういう関係じゃありません」


「あらあら、あの子ってば。ああ、スリップは大丈夫ね」


私の発言無視されてません!?雨宮一族の体質なの!?


渡されたドレスはマーメイドラインのドレスだった。色は光沢のある明るいグレー……いや、シルバーか。丈は足首までで腰から斜めにフリルが付いている。首元はボートネックで鎖骨が見えるくらい。


「はい、後ろ向いてー!」


そして、背中のボタンで留めるタイプのものだった。ボタンは背中から尾てい骨のあたりまである。


……これ、ひとりじゃ脱ぎ着出来ないじゃん。


まあ、パーティーが終わったらここに返しに来るんだろう。問題ないか。靴もいくつか用意されていて姿見の前で椅子に座り色々履く。スタッフさんの一人がその間に私の髪を結ってネックレスを付ける。


このネックレス、ダイアモンドだね……わーお……


靴が決まるとメイクもされる。私は抵抗せずにされるがままだった。

今まで見たことがない自分

店に来て一時間半。あっという間に着飾った私が出来上がった。


メイクもドレスも靴も完璧で、今まで見たことがないくらいエレガントな自分がいた。下着を用意されていたのも納得だ。体に沿ったラインのドレスは下着を選ぶ。着飾れるのは嬉しい。しかし疲れた。三人のパワーに圧死しそうだった。


「裕ちゃんできたわよ!」


この靴についているキラキラしたものはガラス玉……だよね。ダイヤじゃないよね、と思いながら紫苑さんの後について行くと、副社長は小部屋を出てすぐのソファでコーヒーを飲んでいた。


「…………いいな」


雨宮は私の全身に視線を走らせた後、満足そうにそう言った。


「あらあらー!裕ちゃん、ちゃんと褒めなきゃダメよ!」


「綺麗だ」


「うおっ」


率直に言われて戸惑う。


「ははは。素直に喜べ」


微笑んでそう言われると恥ずかしい。


目を逸らす私の手を取ると、丁寧な仕草で自分の腕に内側から絡ませた。


映画でよく見る、エスコートされる貴婦人のようだ。さすが副社長、慣れてるな。


自分にされると不思議な感じだ。


いつもは隣に並ぶことはなく、やや後ろについて行っている。


並ぶことが畏れ多い。上司であると共に、注目される男なのだ。


それでもいつもの黒スーツと違って、今の私はかなりエレガントだ。副社長の隣に並んでも釣り合うまではいかなくても、添え物には見えないだろう。猫背にならないように顔を上げた。私が縮こまっていると、副社長が恥をかいてしまう。


「じゃあ、ありがとな紫苑さん」


「いいのよー!和樹によろしくねー!宮緒ちゃんこれ忘れないでね。またね」


和樹というのは雨宮の父親、社長の事だ。


忘れないでね、と渡されたのはドレスと同じ色の小さなバッグだった。中を見るとハンカチと口紅やティッシュなど化粧直し道具が入っている。ここまで用意されているとは恐れ入る。私はお礼も挨拶もそこそこでエレベーターに乗せられる。


「……いつも見ている雰囲気でドレスを選んだが……さっきのもふもふ着ぐるみも良かったな」


「それは忘れて下さい!」


「次は可愛い系でいくか」


「次はありませんよ。今回だけですよ。そろそろ群がる女性の相手もご自分でどうにかしてください」


「取引先だったりすると下手に断れないだろ」


「そうですか。頑張ってください」


「…………」


嫌そう。


そっか、結婚したい、好きな人がいるんだっけ。その人と結婚すればいいじゃないか。出来ない理由があるのだろうか。


でもここで突っ込んで訊いてみて「実は人妻なんだ」と言われたらどうしようもない。黙っとこ。


彼の隣に並ぶのはどんな女性だろうか。かまってちゃんだから、面倒見が良い人だな。美形だから、美人の方が反発はなさそう。私が前に見た副社長の恋人は美人だった。その時の彼女とは別れたみたいだけれど……今はどうなんだろう。


「どうした?」


「いえ……」


切ない気持ちになるのは、あの時の失恋の気持ちを思い出したからだ。


近くにいても決して手に入らないもの。私はゆっくりと瞬きをして、心に鍵をかけた。

エスコートをされて

豪華なホテルの画像

北北西商事新年会の会場は、その店から車で十五分ほどのホテルだ。ここなら副社長の自宅の方が近い。帰りに店に寄ってもらうのは申し訳ないから、私だけタクシーで帰ろう。


店を出た時と同じように貴婦人のエスコートをされて会場に入る。


「そうだ、宮緒。ここからは俺のことは名前で呼ぶように」


「副社長じゃ駄目ですか」


「色々な企業の副社長がいるんだ。紛らわしいだろ。俺の名前は知ってるな?」


「裕樹さん」


「…………」


副社長は立ち止まって私を見下ろした。


え?合ってるよね。


「………………なんだって?……もっかい呼んでみろ」


「裕樹さん。さすがに自分の上司の名前くらい知ってますよ?」


私は副社長専属秘書だ。覚えていない方がおかしい。それなのに副社長は片手で口を覆い、何やら考えている。


「それとも私も裕ちゃんって呼んだ方がいいですか」


「なんでそうなる。その、ままでいい」


あ、ちょっと照れてる。私も恥じらいながら呼ぶべきだったか。


会場を進むと副社長に気付いた人たちがどんどん挨拶にやって来た。当然、自分の娘を紹介したい取引先の人や、自分を売り込もうとする女性も寄ってくる。副社長の体を触ろうとする女性をやんわり遠ざけ、女性が副社長のスーツのポケットに電話番号を書いたメモを入れようとするの阻止し、転んで副社長に受け止めてもらおうとする女性を私が受け止める。


いつもやっていることだけれども、人が多いしこのドレス姿でやるのは骨が折れる!


「裕樹!宮緒さん!」


そこに声をかけてきたのは社長だった。助かった!私たちは断りを入れてから人混みを抜ける。


「親父……と、真樹も来てたのか」


「すごーい!宮緒さん綺麗!」


「真樹さんお久しぶりです」


社長は娘、つまり副社長の妹の真樹さんを連れていた。真樹さんはプライベートサロンを経営しているエステティシャンだ。歳が私の一つ上で近いので仲良くしてもらっている。


副社長に甘えているところがあり、よくお使いを頼んでいて、私はそれに巻き込まれる形で知り合った。


真樹さんは黄色地に白いバラの描かれた着物を着ていた。社長も真樹さんも副社長同様綺麗な顔立ちをしている。つまり目立つ。


周囲のこちらを見る視線を感じていた。


「裕樹、まず北北西商事の社長と専務に挨拶して来なさい。後は自由にしていいから」


「分かった。宮緒、行くぞ」


社長の言葉に副社長は会場の奥を見た。


「いや、一人で行って来い」


社長は副社長の背中を押して促す。


「え?」


「宮緒さんは私とカルパッチョを食べるんでーす!」


真樹さんがそう言って私を立食のテーブルの方へ引っ張っていく。北北西商事には私も面識があるんだけど……と思っていると、真樹さんが私に身を寄せて囁いた。


「北北西商事の専務の娘さんが、兄さんを気に入ってるみたいなの」


「なるほど……」


二人を引き合わせるために呼んだのか。


ということは、私は完全にお邪魔じゃないか!


「私……帰りますね……」


「あ!いえいえそういうつもりじゃないのよ!兄さんは断ると思うし、私たちも本人の意思を尊重したいんだけど、北北西商事さんの方がね……あまり関係を悪くしたくないし」


「副……裕樹さんはそのことを知ってるんですか?」


気を抜くと副社長って呼んじゃうな。裕樹さん、裕樹さん。


「察してはいると思う。だから宮緒さんを連れてきたんだろうなって。恋人ですって紹介するつもりだったんだと思うよ」


真樹さんはサーモンのカルパッチョをお皿に取っていた。

彼女のふり

「彼女のふりをさせるつもりだったってことですね。なるほど」


専属秘書ならそういう間柄になってもおかしくないし、こうやって着飾らせたのも納得だ。


「宮緒さんって……兄さんのことどう思ってるの?」


真樹さんが遠くにいる副社長を見ながら言った。その目線を追うと、副社長は北北西商事の専務と話していた。その隣には若い、二十代前半の可愛い女性がいる。三人とも笑顔で話している。その周りにも、話をしようとする人だかりが出来ていた。


「とても有能な人だと思ってます」


「……うーん。そうじゃなくて。いや確かに実家にいた時も自分のことは全て自分でやっちゃう孤高の男だったけど」


「そうなんですか?」


「なんでもできちゃうからね。父さんも母さんもほぼ放置してたし、私も頼ることはあっても何か頼まれた記憶ってないなぁ」


あのかまってちゃんはその反動なのだろうか。


「宮緒さんもこれ食べなよ。美味しいよ」


「あー!真樹ちゃんじゃなぁい!久しぶりぃっ!」


真樹さんが私にカルパッチョをよそおうとしてくれた時、割り込んできた声があった。


「……水谷さん」


「やだ真樹ちゃんたらぁ他人行儀ぃ!えみりって呼んでよぉ!」


パシパシ、と真樹さんの肩を叩いてねちっこい言葉使い。


確か私より年下のはずだ。副社長の、元カノ。


水谷絵美里。


彼女もどこかの取引先の娘さんらしい。今は付き合いのない取引先らしく、私は詳しく知らない。見たくないから見ないようにしていたし。


腰までの茶色く長い髪は緩くパーマをかけてあり実際の年より上に見えた。服は白いスーツだ。タイトミニスカートで美脚を露わにし、十センチ以上ありそうな白いヒールを履いていた。首にも手首にもジャラジャラとアクセサリーを付けている。ぱっと見ただけでも派手。新年には良いのかもしれない。


「こっちは真樹ちゃんのお友達ぃ?すっごい綺麗ねぇそのドレスっ!えみり、おっぱい大きいからそういうぴっちりした服着るとキモイおっさんが寄って来ちゃって嫌なんだよねぇ。あなたはとっても似合っててステキよぉ」


「ありがとうございます」


褒められていると受け取っておく。真樹さんが私を庇うように一歩前に出た。


「水谷さんも呼ばれていたんですね。今はどちらにお勤めなんですか?」


ちょっと真樹さんの口調が冷たい。副社長と彼女が別れた理由は知らないけれど、真樹さんを巻き込む何かで別れたのだろうか。ちょっとここにいたくないかも。


「えみりはパパのお手伝いしてるよぉ。そうだ、ゆーきは?ゆーきも来てる?あたしあれから反省してぇ。ゆーきとまた付き合いたいなぁって思って!えへへ!あ!はっけーん!ゆーきぃー!」


大声で呼びながら去って行ってしまった。なんだったんだ。


「ごめんなさいね、宮緒さん。おいしいもの食べて?」


「いえ、ちょっとお手洗いに行ってきます」


ちょっと別の空気を吸いたい。真樹さんに断ってひとりでトイレに向かった。


会場を出る時に振り向くと、水谷絵美里は副社長の腕に絡みつくようにして何か話していた。


ゆーきって、副社長の事か。水谷絵美里と副社長の間に何があろうと、仕事に支障がなければ関係ないし。私は秘書で、あくまで仕事で彼の傍にいる。それは何の問題もない。


なのに、なんで。もやもや?むかむか?よく分からない感情がある。副社長のことは別に好きじゃない。好きだったのは昔の話だ。


会場から少し離れた所にある化粧室は誰もいなかった。しんと静まり返った化粧室の中、鏡に映る自分を見る。いつもは後ろに一本に縛っただけの髪は、綺麗に編み込まれている黒スーツはシルバーの華やかなドレスに。

ナチュラルメイクでベージュのリップを愛用しているけれど、今は落ち着いた深い赤色のリップにグロスを重ねている。美しく着飾ってくれた。


それなのに、鏡に映る自分の顔は、いつも以上に疲れ切ってひどい顔だった。


「……帰ろう」


何にダメージを受けているのか分からない。


けれど、ここにいたら私は摩耗してしまう。


わけもなく泣き叫びたいような気持ちを抑えるために深呼吸し、私は化粧室を出た。

⇒【NEXT】「大切にする。俺でいいだろ?」壁と腰との間に手を入れられ、きゅっと抱きしめられた…(【後編】たった二日で、上司が婚約者になってしまった。)

あらすじ

二年前から副社長の専属秘書になっている宮緒環。休日に突然「緊急事態だ」と副社長からの電話を受け、取引先の新年会に急遽出席することになってしまった。
強引に連れて行かれドレスを着せられ、会場に着くと、自分の立場と恋心を思い出してしまう。

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