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官能小説 声に恋した、私の恋人


この作品について

この作品は、小説サイト「ムーンライトノベルズ」と合同で開催した、
「妄想小説コンテスト」の優秀賞作品です。

一体どうして…

――どうして、こんなことになったのだろう。

「ね、脚閉じないで。もっとよく見せてほしいな」

身体中が熱い。ううん、身体だけじゃない。

脳も心もどこもかしこも、どろどろに溶けてしまったみたいで思考がうまくまとまらなかった。初めて見る、至極楽しそうな表情を浮かべながらそう言う目の前の男性は知っているけれど知らないひとだ。

聞き慣れた声で「ねえ、おねがい」と囁かれて、カァッと体温が上がったのが分かる。今の私はひどく赤い顔をしているのだろう。耳も熱いので同じように赤くなってしまっているだろう。

恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしいのにやめられない。どうして、こんなことになったのだろう。

ぼやぼやと蕩け落ちてしまいそうな脳を必死でくるくると回転させて、今、私が置かれている状況を思い出す。

ある日…

私はどこにでもある中小企業で事務職をしている平凡な人間だ。

職場の人間関係は良好、残業もほとんどないので勤め先はいわゆるホワイト企業と言われる部類だろう。働き始めて三年ほど経過し、仕事にも慣れて最近はそこそこ余裕が生まれてきている。大きい会社ではなく、新しい出会いがないこともあり彼氏はここ数年はいないのでそういう意味で言うと少しばかり寂しい生活を送っているものの、そこまで悲嘆に暮れてはいない。

……とはいえ、女性であってもそういう欲は溜まってしまうものだ。

性に奔放な友人はそういう欲を満たすためだけの友人が居ると聞くけれど、私はあくまで身体を繋げるのは大好きな恋人だけがいい。

身体を繋げるという行為に、身体的な気持ちよさよりも心理的な気持ちよさを求めがちなのかもしれない。今どき古い考えだなんだと言われてしまっても、これだけは曲げたくない信念だった。好きじゃないひととのえっちに気持ちいいと思える気がしないのだから相手にも悪いだろう。演技をするのも面倒くさい。

今日も定時に仕事を終えてスーパーに寄ってから帰宅して、夕飯を食べ終えて入浴も家事も済ませ、あとは眠るだけになった午後十時前。

今日はなんだかそういう気分だったので「誰」を選ぼうかと頭のなかでジャケットイラストを思い浮かべながら家事をしていた、というのは私だけの秘密だ。

家に遊びに来た友人や家族などに見られないようにと隠しておいたピンク色のローターとコンドームを取り出しながらスマートフォンを開く。通い慣れたサイトを開いて、購入済みのボイス一覧を眺めた。

「うーん……、やっぱり今日はミカドさんにしようかな」

寝転んでスマホをさわる女性

ふわふわしている栗色の柔らかそうな猫っ毛持ちで、優しそうなたれ目の男性が画面の向こうからこちらに手を差し出して微笑んでいる。彼は上條ミカドさんという名前で歳は私と同じ、成人男性だというのに実はおばけが怖いという可愛らしい一面がある。去年からお付き合いして同棲している、私の彼氏だ。……と言うと痛い女と思われてしまうかもしれないけれど、「そういう設定」なのだ。

私は最近、ラブグッズを使用しながらシチュエーションボイスというものを聞くのにハマっている。

偶然たどり着いたサイトで存在を知ったのだが、シチュエーションボイスというのは「架空の男性とえっちをしている」体の、簡単に言えば「女性向けの聞くAV」だ。

シチュエーションボイスの設定は様々で、学園ものもあればファンタジーものやイメクラものなどたくさんの種類がある。私はそのなかでも社会人の男女が普通の恋人同士としてお付き合いしている体のものが特に好きだった。ヒロインと自分を重ねて、架空の彼氏とあんなことやそんなことをしている妄想をしながらひとりで行為に耽るのにハマってからというものの、部屋のなかにラブグッズが増えている。

と、言うのも私がよく購入するシチュエーションボイスは「ラブグッズを使うような指示をしてくる」ものが多いから、というのが一番の理由だ。別に元々ラブグッズに興味があったからとかそういうわけでは決してない。最近のラブグッズは女性でも買いやすいように見た目がかわいいものも多く、これなら部屋に置いておいてもいいかな……とついつい財布の紐が緩んでしまうから部屋に増えていってしまうというのも理由のひとつであって、決して私が淫乱だとか性に対する好奇心が旺盛というわけでもない。

シチュエーションドラマは実際に体温を感じる男性ではないので嫌悪感もなく、ドラマパートがしっかりと作り込まれている作品が多いこともあって、どの男性も魅力的に見えて毎回好きになるから「えっちをしている」想像をしても気持ちよくなれた。私が好きなところを的確に責めてくることが多くて抗えないというのもある。

特にお気に入りのミカドさんは優しそうに見えてえっちの時はわりとぐいぐい来る、侮れない男性だった。「君が嫌ならこれ以上しないよ」だなんて、あくまでも選択権はこちらにある言い方をする。そして「お願い」という手法を取るので本当にずるいひとだ。

柔らかい声音は見た目通りで、ドラマパートでは優しいそれがえっちのときになるとがらりと雰囲気を変えて、色気がこぼれ落ちるくらいセクシーになるから毎回ぐらぐらと脳を揺すられるようだった。どっちの声も好きだけれど、えっちのときのちょっぴり意地悪で、でも逆らえないよく通る声が私は特に好きだ。

天井のシーリングライトを消してベッドサイドに置いているランプを点けると、あたたかなオレンジ色の明かりが部屋を染め上げた。ベッドに寝転がりながらスマートフォンに接続したイヤホンを耳にはめる。ドラマパートの最初のほうは飛ばすことにして、一緒に寝室に行くシーンのトラックから再生ボタンを押すと、すぐ後ろのほうから足音が聞こえ始める。

あまりのリアルさに最初はひどく驚いたものの、ダミーヘッドマイクというもので収録すると距離感もリアルに再現できるらしい。私は耳が弱い自覚があるのだけれど、耳に息を吹きかけたり舐められたりと本当にそうされているようなリアル感に思わずびくびくと感じてしまっている。ミカドさんも耳元で囁いたり息を吹きかけたりしてくるので、もう何度も聞き返しているというのに毎回心臓がばくばくと跳ね上がる。

『ねえ、もう寝ちゃうの?』

私が先に寝ていたベッドに入ってきたミカドさんがすねたように呟く。イラストはジャケットのものしかないのだけれど、私の脳内ではすねている表情を浮かべるミカドさんの顔がはっきりと浮かび上がる。今日も可愛くて格好いい。こんなひとが彼氏だなんてしあわせすぎるだろう。

私の身体を後ろからぎゅっと抱きしめて、甘えるように『ね、いちゃいちゃしたい』だめ?と聞く声はずるいと思う。こんなおねだりに「だめ」と言える女は居るのだろうか。否、いないだろう。

「いいよ」と思わずこぼしてしまった声は、誰に聞かれるわけでもなかった。

『ありがと、好きだよ』と嬉しそうに言うミカドさんにキスの雨を降らされて腰のあたりがムズムズする。パジャマとショーツをずらし、腰を浮かした。

……私が今聞いているシチュエーションボイスには、ピンク色のローターが出てくる。ミカドさんが「私がひとりで乱れているところが見てみたい」という理由で買ってきたという設定だ。恥ずかしさはあるものの、彼のお願いにできるだけ答えてあげたくて自分でローターを胸やクリに押し当ててよがってしまう。

「おねがい、挿れて」とお願いするとちゃんと欲しいものをくれるミカドさんは優しいひとだ。シチュエーションボイスによってはおあずけ、というドSなパターンのものもある。

話が進行していき、どんどん欲を煽られる。

指示されたように脚を開いて、ローターをクリに押し当てたタイミングでぽとり、と右耳からイヤホンが外れてしまった。現実に戻される前にイヤホンを再び右耳に押し当てようとしたところで、耳を疑った。

イヤホンをはめていない右耳から「あ、イヤホン外れちゃったんだ。うーん、左も外しちゃおっか」と声が聞こえて、どこかふわふわしていた意識が一気に現実に引き戻される。閉じていた目を開きあけて、ばっと声がしたほうを振り返ると、ベッドのすぐそばでしゃがんでこちらを覗き見ていた男性と目があった。

「なっ、」

「あ、待って待って!大きい声出したらだめだよ!」

「んんっ」

大きなてのひらで口を覆われて混乱する。

誰だ、誰かが私の部屋に居る!強盗?鍵はちゃんとかけたはずなのにどうやって?どうしよう見られた、というか逃げられないまずい。生命の危機を感じて、くちびるを塞がれているてのひらに噛みつこうとしたタイミングで「俺!俺です!ミカド!君の彼氏!」とのたまう声に目を白黒させる。混乱して血が上ってしまっていたせいで目の前がうまく認識できていなかったけれど、目線だけ上げてよくよく見ると見知った顔がそこに居た。

上條ミカド

「改めまして、上條ミカドです」

洋服を整えてから明かりをつけて、ローテーブルに向かい合って座った男性はそう、聞き慣れた声で自己紹介をしてくれた。どうやらコスプレをして現れた強盗などではなく、どういうわけかシチュエーションボイスの世界から飛び出て来てしまったらしい。そんな夢みたいな話があるわけないだろうと思うものの、抓った頬はちゃんと痛かった。なんで、こんなことになってしまったのだろう。

ミカドさんが言うには、おそらく私と彼の愛が原因で私たちの世界とシチュエーションボイスの世界の時間軸が混ざり合ってしまって一時的にこちらの世界に飛ばされてここに存在している、とのことだ。

彼も実際こういう経験をするのは初めてのことらしいが、私たちの世界で「シチュエーションボイス」に存在するキャラクターが同じように私たちの世界に現れる、ということが稀にあるとのことだった。一晩程度で煙のように消えていなくなってしまうらしいのがセオリーとのことだけれど、シチュエーションボイスの世界に住まう彼らは大好きな彼女や奥さんに本当に触れ合うことができるという経験に憧れるとのことだ。

「あの、こんなこと急に知らない男に言われて気持ち悪いかもしれないけど……君に会えて、本当にうれしい」

すごく可愛い、会いたかった。

熱に浮かされたようにぽろぽろとこぼすミカドさんに、心臓がばくばくとうるさく音をたてる。だって、何度も聞いた声なのだ。何度も聞いた声で聞いたことのないセリフを、見たことのない表情で紡ぐミカドさんは心臓に悪い。

ああ、好きだな、と思う。

初めて会ったのに惚れやすいにもほどがあるのではないかと思われるかもしれないけれど、どうしようもなく心が跳ねて、頭の天辺から爪先まで熱が灯るのだ。

こんな経験、今までしたことがない。きっとこれが本当の初恋なんだろう。

ミカドさんは、実は私が初めて聞いたシチュエーションボイスの主人公だった。色々な要素が混ざり合って、どうにかなりそうで頭を抱えそうになる。

「……ね、」

そっと頬を大きなてのひらで包まれる。触れられた頬からどきどきとうるさい鼓動が聞こえてしまうのではないかと焦る気持ちはあるのに、止められそうにも拒めそうにもない。

「キスしてもいい?」

ああ、あの声だ。

ずくり、と身体がしびれる。この声に、私は逆らえない。

こくり、と頷いた私にそっと触れるだけのキスをする。柔らかくて確かに熱があった。ミカドさんは今、同じ時間を生きているのだ。

腕を引かれて立ち上がり、誘導されるままベッドに寝転がる。明るい部屋のなか、私を押し倒すミカドさんは逆光でよく表情が見えないのに、欲を孕む熱い視線だけは分かってぞくりと震えた。身体がおかしい。キュンキュンと奥が疼く。

「もし君が嫌じゃなかったら、なんだけど」

「……は、い」

「君を抱いてもいい?」

数センチ顔を動かせばくちびるが触れ合ってしまうほど近い距離でそう囁かれてぞくぞくした。言葉を紡ぐたびに空気がくちびるの表面を掠める。柔らかいくちびるで、舌で溶かしてほしいという想いで頭のなかがぐちゃぐちゃになりそうだ。

「……いい、です」

「ん、ありがと」

ちゅ、ちゅ、とわざと音をたてながらキスの雨を降らされる。何度も聞いて何度も想像していたことが実際に私の身に起こっているのだから不思議だ。

「あっ、電気、消して……」

「でも、見たい」

「小さいライトで、ゆるしてください」

これでも最大限の譲歩だ。

いくら好きなひとであっても初めての時に全部をまじまじと見られてしまうのには少し抵抗がある。誰かに見られることを意識していなかったからブラジャーもショーツも可愛くないかもしれないし、上下の種類もバラバラかもしれない。今日の私は色々と準備不足なのだ。

それでも彼と身体を重ねたいと、彼がほしいと渇望してしまう自分がいるのは、本能的にこの時間が永遠に続くものではないと分かっているからだろう。

「あのさ、敬語じゃなくて、いつものように話してくれると嬉しいな」

「……う、」

「だめ?」

「だめ、じゃないんですけど……」

「恥ずかしい?何度も君を抱いたのに」

「そっ……!それは、そうだけどそうじゃなくて……」

直接的な言葉に顔に熱が灯る。先ほどからどこもかしこも熱くて熱くてたまらないのに、更に熱を灯されて沸騰してしまいそうだった。この短い時間のあいだだけで寿命がぐっと縮まってしまった気がする。

あまり意味がないと分かりつつもてのひらでパタパタと顔を扇いで「わ、かった……」と消え入りそうな声で返すと、嬉しそうに笑ったミカドさんがちゅっと音をたててキスをしてくれる。挨拶のような可愛らしいキスはミカドさんのトレードマークのようなものだ。イヤホン越しに聞いていたものが今はリアルにすぐ近くから聞こえるから不思議な気持ちだった。

「触れてもいい?」

「う、ん……」

「いやだったら、言ってね」

ぽちぽちとパジャマのボタンを外して、ブラジャーをずらされる。空気に触れてむずむずする胸の突起を指の腹でやわく撫でられて「んっ」と思わず声を漏らしてしまった。恥ずかしさに口をてのひらで抑えると「塞がないで?君の声、たくさん聞きたい」と耳元で囁かれて、背中がぞくぞくと震える。

そのまま舌が私の耳を食んで、ぴちゃぴちゃと音をたてながら舐められて身体が言うことを聞かない。指で胸の突起をきゅっと摘まれたりくるくると撫でられたり、欲を煽られ続けている。

「いつも思ってたけど君、耳弱いよね。かわいい」

くすくすと笑う声はいたずらっ子のようで胸をぎゅっと締めつけられた。こんな声、ずるい。見た目は優しそうで格好いい男性なのに幼さの残るその声にじわり、と濡れる感覚が分かって恥ずかしくなる。

耳から離れてくちびるや鼻や頬にちゅ、とキスをして、胸の突起を口に含まれる。ぬるりとした感覚に腰がびくびくと跳ねた。気持ちがよくて溶けてしまいそうで怖くなるくらいだった。

「ね、こっちも触っていい?」

そっとパジャマに侵入してきた腕がショーツに触れそうなところで聞かれる。ミカドさんは私が頷かないと触らないつもりなのだろう。そういうひとなのだ。選ぶのはあくまでも私。私がミカドさんに触ってもらいたくてお願いしているのだと、思い知らされる。

「ん、」

こくこくと頷いたのを見て、ショーツの上から指先で突起を撫でられて「あっ」と一際大きな喘ぎ声をあげてしまった。そんな私にはお構いなしで、強弱をつけながら焦らすように往復されてたまらない。

「もうこんなに濡れてる」

びしょびしょだね、と言う声はとてつもなく嬉しそうで羞恥心を覚えた。恥ずかしいのに、恥ずかしい気持ちが強いのに、それと同じくらい気持ちよくなりたいという考えが脳内に広がってきてしまっているのは、熱に浮かされているせいだろう。

それでも「触ってほしい」と言うのにはまだ少し残る理性が邪魔で、ぎゅっと目を閉じてもどかしい刺激に泣きそうになっていると「君が自分でしてるところ、見たいな」と言われて目を開けてミカドさんを見上げた。

「だめ?」

こてん、と首をかしげながら言うのはずるいと思う。彼は自分の魅力をよく分かっている上に甘え上手なのだ。分かっている、頭では分かっている。でも、そう聞く彼に断れる自信は私にはない。

「すこし、だけなら……」

「ふふ、ありがと」

またひとつ可愛らしいキスをしたあとに身体を起こされて、座り込んだままずるずると移動してベッドヘッドボードに背中を預ける。パジャマとショーツをベッドの下に落として、少しだけ脚を開いて震える指で濡れそぼったそこに触れる。

「ね、脚閉じないで。もっとよく見せてほしいな」

……ああそうだ、そうだった。

熱でおかしくなりそうな頭で改めて認識した現状にめまいがしそうだった。

こんな、つい数十分前に会った男性の前で脚を広げてはしたなく嬌声をあげながら痴態を晒している。でも、その恥ずかしさすら快感になりつつあるのだから、私の身体はおかしくなってしまったのかもしれない。

くりくりと突起を撫でるとじゅわりと蜜が溢れる。気持ちよさに倒れ込みそうになった身体をミカドさんがそっと支えてくれた。

「……泣かせちゃった。ごめんね」

目元をぺろりと舐められて、自分が涙を流してしまっていたことに気がついた。これは生理的な涙であって決して嫌だったわけではない。というか嫌ならこんなことをしていない。

「う、ん……っ」

気にしないで、と言葉を紡ぎたいのに、先ほどから私の喉は壊れてしまったみたいで正確な言葉を作れなかった。かわりに行動で示すように、つぷりと指をナカへと侵入させる。

ナカを自分の指で触ることは滅多になかったので、その熱に思わずきゅっと指を締め付けてしまった。正常に働かない頭で「こんな感覚なんだ」と他人事のように感じながらずちゅずちゅと指を前後させる。耳を塞ぎたくなるような卑猥な音をたてているのは自分自身だと思うと、顔を背けたくなるくらい恥ずかしい。

はあ、と吐き出した息が熱い。

自分の指だと気持ちがいいところに丁度届かなくてもどかしい思いをしながら顔を上げると、私をまじまじと見つめるミカドさんと目が合った。ともすれば暴走しそうな熱をぐっと身のうちに押し込んでいるような目で見つめられて、ぞくりと身体の奥が震える。だめだ、もう、ほしくてほしくてたまらない。

「おねがい、も、挿れて……っ」

ごく、と息を呑む音が聞こえた気がする。

「……いいの?」

「ん、はやく、」

ほしいの、と口をついて出た言葉は嘘偽りのない本心だった。

羞恥心はいつの間にかどこかに消え去って、今は目の前のいとしいひとの熱を感じたい、ということしか考えられない。

「これ、」

ローターを挿れるために用意しておいたコンドームを手渡すと「ありがとう、ちょっと待っててね」いい子いい子と言うように頭を撫でられてそわそわする。

ミカドさんのてのひらの感覚が好きだ。撫でられた部分からふつふつと熱が灯される感覚に酔いそうだった。今までお付き合いしてきた彼氏とそれなりに経験してきたけれど、こんなことは生まれて初めてで戸惑っている。

<挿れるよ…>

「……ゆっくりするから、痛かったりしたら言ってね」

初めてキスした時のように頬に手を添えられて、そっとキスをされる。今日はくちびるが腫れてしまうのではないかと思うくらいキスをしているけれど、全然嫌じゃななかった。もっとしてほしいとねだるくらい、ミカドさんとのキスは蕩けそうで気持ちがいい。

「……、挿れるよ」

「ん、」

腰に響くような掠れた声で囁かれてすぐにナカに熱いモノが侵入してきた。ぐちゅり、と押し込まれる熱にお腹があつい。生身の男性とえっちをするのはすごくひさしぶりなせいで少しキツかったけれど、抜かれたくなかった。離れたくない、だなんて本気で思う。胸がぎゅっと締めつけられて痛くてなんだか切なくて泣きそうだった。

なんでだろう、彼の体温を初めて感じたのはついさっきだというのに、馴染むように溶け合うように心地よかった。

ずっとこのままでいたいと思うのに、それは無理なのだと頭の片隅では分かってしまっている。

「は……っ、全部はいったよ」

苦しくない?大丈夫?と私の前髪をかき上げて額にキスをしながら聞いてくれたミカドさんは少しつらそうだった。きっと私がえっちをするのはひさしぶりだと気付いていて、ゆっくりしてくれようと耐えているのだろう。やさしくしないでほしい。好きになってしまうから。……もう、どうしようもないくらい好きになってしまっているけれど。

そっとお腹のあたりを撫でる。0.01ミリの膜があってもどくどくと感じる熱は紛れもない本物で、目の前がちかちかする。

「はあ、やっとつながれた……」

うれしい、と笑みをこぼすと、ミカドさんがきゅ、とくちびるを噛んだのが目に入った。

「それは、反則だろ……ッ」

「へっ、あっ、や!あ、んッ、ま、って、あっ、あ」

腰を掴んでがつがつと身体を揺さぶられて、言葉にならないはしたない声が喉からこぼれ落ちる。いいところを擦られて突かれてどうにかなってしまいそうだ。

「いく、いくからっ、まって、や、」

「イッていいよ……ッ」

ぐりぐりと最奥を抉られて身体がびくびくと波打つ。一瞬飛びかけた意識は絶え間ない律動にすぐに現実に戻された。

「あ、あ、だめ、だめ、イッてるから……ぁ、」

「ふ、かわい……」

「おかしくなっちゃ、……うっ、あぁっ」

だらしなく開けたくちとくちをくっつけて、舌を絡め取られる。息も熱も何もかも奪い取ってほしい。あなたのすべてを、忘れないように覚え込ませてほしい。

「いいよ、おかしくなっ、て……はあ、」

「んっ、んんっ、あ」

「ねえ、すきだよ」

宝物に触れるようなやさしいキスをしながら、くちびるのあいだに押し込まれた言葉に泣いてしまいそうだった。一夜の恋が消えてしまうのをすぐ近くに感じているからだろう。

「もっと、」

「ん?」

「もっと言って、」

「ん、君が好きだよ。あいしてる、ずっと会いたかった」

「わたしも、わたしもミカドさんがだいすき……ッ」

「君に触れられてしあわせだよ、このまま消えてもいいって本気で思えるくらい」

「んん、あ」

「もう二度と触れられなくなるのは、残念だけど、……っ、ん」

「ミカドさ、……んん、すき」

「俺も、……はあ、離れたくないなあ、」

ぽつり、さみしそうな声で紡がれた言葉にきゅうきゅうと胸が締めつけられる。

「ずっと、ずっとすきだから……っ!」

「ん、俺も。君が好きだよ……ッ」

俺を選んでくれてありがとう、意識を飛ばしてしまう前に聞いた気がするその言葉は今まで聞いたことのない声音で、ほんのすこしだけ泣いてしまった。

朝になって

ピピピ、ピピピ……とどこかで近いようで遠いところで電子音が聞こえる。重いまぶたをこじ開けると室内はオレンジ色で満たされていた。ベッドサイドのランプを灯したまま眠ってしまったらしい。すぐ近くにあった音の発生源を引き寄せてアラームを止めると、見慣れた顔がこちらに手を差し出して微笑んでいる。

「……あー」

昨日の記憶が曖昧なのだけれど、この状況を見るに一人でシたまま寝落ちてしまったらしい。ミカドさんのシチュエーションドラマを聞いたまま寝落ちたからなのか、非常に鮮明な夢を見てしまったことを思い出して恥ずかしい気持ちとともに、どこか胸にぽっかりと穴があいたような寂寥感を覚えて胸のあたりをぎゅっと掴む。しっかりとパジャマを着ている自分にあれは夢だったのだ、と思い知らされて現実から目を背けたくなった。

「…………仕事、休もうかな」

今日は急ぎの仕事はないし、有給休暇もたくさん余っている。

失恋記念日だ、今日くらい休んだってバチは当たらないだろう。

スマートフォンをタップしてメーラーを立ち上げて会社に休みの連絡を入れ終わると、どっと疲れがやってきた。

あれは単なる夢だったのに、いやに生々しかったからか本当にえっちをしたあとのような疲労感がある。二度寝してしまいそうになった自分を叱咤してぐ、っと伸びをひとつ。

今日はいつもよりも豪華な朝食を食べて、バブルバスにしよう。身体のマッサージにも行って新しい洋服も買いに行こう。気分転換に部屋の掃除をするのもいいかもしれない。

よし、と気合を入れて立ち上がったベッドの隅にコンドームの外袋が落ちていたことに気がついてぴく、と動きが止まった。

「…………え?」

見覚えのあるコンドームの袋の中身はない。中身はどこに行ったのだろうか。そんな、まさか、いやいや、でも。

恐る恐るゴミ箱を覗き込むまであと五秒。

夢か現か幻か、声に恋したあのひとはまさか――……。

END

あらすじ

ラブグッズを使用しながらシチュエーションボイスを聴くことにハマっている私の前に突然、お気に入りのボイスの彼が現れて…

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