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官能小説 【前編】破れた恋の忘れ方 〜世話焼き後輩を煽ったら甘く返り討ちにされました〜


この作品について

この作品は、小説サイト「ムーンライトノベルズ」と合同で開催した
「妄想小説コンテスト」の優秀賞作品です。

通例

「俺たち、別れようか」

────きっとそんなことを言われるだろうと心構えていたとしても、いざその時を迎えるとやはり胸が張り裂けそうな思いがする。
きっかけはほんの些細なすれ違いから。
少しの間、会えなかったり、連絡を取らなかったり。
ようやく会えても、何かが変わったと察してしまえるような空気感が二人の間を流れていて。
それに気が付いたときから、こうなることは分かっていた。

そして決まって言われるのが、この一言だ。

「他に、好きな人が出来た」

幸野木(こうのぎ)ミカコの恋愛遍歴は、その言葉とともにあった。

よくできた後輩

「あー!くそー!男なんてぇ……!」
「はいはいはい、そんな大声出したら近所迷惑ですよ。ほら、先輩んち着きましたから」

ミカコが自宅に着いたのは午前0時を過ぎた頃。
職場の後輩である四方井(よもい)ハルトを伴わせての帰宅だった。

「もーやだぁ、歩きたくないー」
「ちょっ……しがみつかないでくださいよ!って、もう!」
「やーだぁー!ベッドまでつれてってー!」
「ああもう、本当に世話が焼ける先輩だな……」

無理やりハルトの背に体重を乗せ、引きずられるように運ばれる。
単身者向けの狭くも広くもない1Kなのでベッドまでの道のりは短い。
ハルトに我儘に付き合ってもらうのはもう何回目だろうか。暗かった部屋の明かりが灯ってベッドに放られるまででは、数える時間は足りなかった。

三年前に新卒で入ってきたハルトは、ミカコが社会人になって初めての後輩だ。故にしっかりせねばと後輩の前で情けないところを見せないよう気負っていた。

「僕みたいな後輩がいてよかったですね。終電逃してまで自宅に送り届けてくれるような奴、なかなかいませんよ」

それがどうして、彼が言った通りの迷惑を掛けるようになってしまったのか。
きっかけは、当時付き合って一ヶ月になろうとしていた相手からのメッセージだ。

要領も良く、物覚えも良い。加えて人懐っこい。
そんな可愛い後輩にたまにはお昼を奢ってあげるとハルトを誘い出したある日のことだった。

仕事はもう慣れたか、悩みはないか。
先輩らしく振る舞い、和気藹々とお昼を終えるはずだったのだが、その最中に向こうからメッセージが届いたのだ。

ピコン、と軽い通知音と共にスマートフォンの画面に映し出された内容。

────他に気になる子がいるから別れてほしい。

こう言われてミカコが振られるのは、その彼で三人目だった。

一人目は──君より楽しい子に出会ったから。
二人目は──前から好きだった子に告白されたから。

別れの際には、何故かいつも自分以外の誰かが相手の心の中にいる。
普通のお付き合いをしているはずなのに、波風を立てようとせず、我儘も言わず、嫉妬も束縛もしない。それなのに、いつもいつも知らない誰かに心を奪われてしまう。
付き合いも長続きしなくて、一ヶ月か三ヶ月経った頃に振られる。

一体、自分の何がだめだったのかも分からぬまま。

『先輩?』

さっきまで笑っていた相手が急に静かになれば、さすがに何かあったとハルトも気付くだろう。
最初はなんでもないと誤魔化そうとしたのだが、涙目になっていることを見抜かれて、ミカコはやむなく白状した。

『先輩、それじゃ今夜飲みに行きましょう!僕でよければ愚痴聞きますよ』

二つのワイングラス

失恋の愚痴はいつも友人にだった。
しかしそれ以来、ハルトになった。

「ハルトぉ……おみずぅ……」
「おーい、家主。他人をこき使わないでくださいよ。まったく……なんでこんな酔うまで飲んじゃうんですか」
「いいじゃんたまにはこんなになったってぇ……」
「大体いつもひどいですけどね」

おかげでミカコ相手に生意気な態度を取るようになってしまったが。
人懐っこい、柔らかな雰囲気はそのままだが。

「うるさい、先輩に向かって生意気だぞー」
「先輩こそ良いんですか?先輩の愚痴聞けるの僕くらいでしょ?あんまり酷いともう付き合ってあげませんよ」

そう言われてミカコはぐっと言葉を詰まらせた。
周りは今結婚ラッシュで、皆家庭に忙しい。
付き合うまでに至らずに終わった儚い恋や、セッティングしてもらった飲み会でうまくいかなかった話、そして付き合ってからの悩み。
それらを聞いてくれるのは、今のミカコにはハルトただ一人──。

「うー……やだー……」
「ははっ、冗談ですよ」

素直に首を振ると、『ほら、お水どうぞ』とグラスが差し出された。ミカコがいつも使っているグラスの中で透明な水が揺れている。
──勝手を知っている風だが、ハルトがミカコの家に来たのは今回が初めてだ。そのグラスはいつも流し台横の水切り籠に置いてある。
ゆったりとした動作で身体を起こして、ミカコはグラスを受け取った。中身をこぼさないよう気をつけながら、そっと口をつける。

「……こういうのは、今日だけだし」
「分かってますよ。珍しいなって思いましたもん。──それだけ彼氏さんのことがショックだったんですよね。お付き合い最高記録だって、先輩はしゃいでましたし」

じわり、と視界が滲んでしまう。
ハルトが言った通りだ。今回お別れした彼とは、今までで一番長い付き合いとなった。──それでもたった半年ではあるが。

愚痴に付き合ってもらうことはもうないかもね。ハルトにそう笑って言ったあのときがもう遠い過去のようだ。

「……一体、私の……何が駄目だったんだろうなぁ……」
「もう、泣かない泣かない。──ほら、優しい後輩がお風呂の湯まで貯めといてあげますから。そしたら僕、帰るので」

ぽろぽろと涙を流しながら水を飲むミカコに、ハルトは甘い。歳下に甘やかされるなんて情けないとは思いつつも、これまで既にたっぷり見せてしまっている以上今更だろう。
というより、今のメンタルでしっかりしようと見せても無理な話だった。

「うぅ……至れり尽くせり婿に欲しい……ちなみにお風呂は右の扉……」
「狭そうな部屋なんで探さなくても分かりますし、先輩の婿になったらこき使われまくるに決まってるのでお断りします」

甘いと思えばばさりと切り捨ててくる。スーツの上着を脱ぎながら浴室へと消えていくハルトの背中をミカコは黙って見送った。
サイドテーブルにグラスを置いて、流れ始めたシャワーの音を聞きながらまたベッドへと身体を沈める。
涙目で眺める自分の部屋は、なんだか物悲しく見える。そういえば自分もジャケットくらい脱がねば、皺になってしまう。

しかしそれをするほどの気力はない。失恋のショックはまだ大きくミカコを蝕んでいる。

⇒【NEXT】「…………じゃあ、僕に大事にされてみます?」(【【中編】破れた恋の忘れ方 〜世話焼き後輩を煽ったら甘く返り討ちにされました〜)

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あらすじ

彼氏に好きな子ができて振られてしまうミカコ、優しい後輩のハルトにいつも失恋の話を聞いてもらっていた。
3度連続の失恋に落ち込むミカコにハルトは…

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